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昭和5年(1930年)の秋も深まった11月21日、大阪の街で、「吉兆」はのれんを揚げた。10人で席が埋まるほどの店である。冷え込んだのだろうか。最初のお客は、銭湯帰りに湯豆腐で一杯やった人だったという
昭和5年(1930年)的11月21日,时已深秋,大阪街上的“吉兆”商铺喜迎开张。这是一家10人就能撑足的小铺。想必当初有点门庭冷落吧。据闻开门客是位从澡堂回来的,点了份老酒和豆腐花(汤豆腐是啥?豆腐花吧?)
▼はじめのうちは閑古鳥が鳴いた。主の湯木貞一(ゆきていいち)さんの妻は、何度もお稲荷様に願を掛けた。厳しさにぶつかりながらも湯木さんは、自分の店で料理が出来ることを、「なんと幸せだろう」とかみしめていたそうだ(『吉兆 湯木貞一のゆめ』朝日新聞社)
起步阶段的生意冷冷清清,并不兴旺。店主汤木贞一的妻子曾不知几次地拜祈五谷神(稲荷様?是五谷神吗?)。虽创业艰难,但对于出自 己店的料理,汤木贞一还是很满足地体味到“倍感幸福”。(《吉兆·汤木贞一之梦》朝日新闻社)
▼日本料理に打ち込んだ先代の生涯は、つとに知られている。吉兆を指折りの料亭に育て、料理界で初の文化功労者に選ばれた。晩年には「商売はお金より、いいお客に恵まれることの方が大事だ」と話していた
毕生致力于日本料理的先祖们,已是家喻户晓。汤木贞一一手将“吉兆”创办成了首屈一指的料理店,而他本人也被选为了“开山文化功劳者”。在晚年时,他曾这么说道:“之于行商,受客户的惠顾重于金钱之事”
▼そんな遺訓など忘れたかのような、「船場吉兆」の醜態である。偽装表示はむろんだが、「現場の独断」でやったと、パートの女性らに責任を押しつけようとした疑いも浮かんでいる。彼女らは記者会見をして、涙まじりに「違う」と訴えた
似乎将先祖们的遗训忘却了般,“船场吉兆”暴出了丑闻。先不说假造日期,还浮出了“工作现场的****”,并强行让打零工的女职员背黑锅的嫌疑。她们进行了记者见面会,哭诉道:“事情并不是这样的。”
▼一昨日、とうとう捜査の手が入った。信用をえぐった深い傷は、容易には消えまい。「結構な老舗(しにせ)の身代を譲り受けながら、奢(おご)りなどで身上(しんしょう)を絶やすのは、盗人の百倍の罪にあたる」。江戸時代の商いには、そうした戒めがあったと聞く
前天,调查也终于开始着手。已被损毁的信誉之伤,想要痊愈并非易事。据闻江户时代的商界曾有这样的警戒之言:“继承百年老店,却挥霍无度的话,有甚于盗窃罪之百倍。”
▼戒めは、家業は先祖からの預かり物ながら、世間からの預かり物でもある、というモラルに根ざしていたそうだ。いまで言えば、企業の社会的責務ということだろう。軽んじたツケの小さかろうはずはない。
家业是先祖遗留下的传家宝,也是世间遗留下来的财产。这样的戒言常根基于这样的道德理念。换做现在的说法,就是作为一个企业的其社会责任和义务。切不可轻视小小的一失足。