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しばらく前のことだが、NHKの「みんなのうた」で『ねっこ君』という愉快な曲が流れていた。地中で踏ん張って大木を支える根っこの歌だ。切ってしまえば、桃栗3年柿8年、木がまた育つには長い時間がかかります――。掛け合いの歌声を面白く聞いた。
是在很久以前的事情了,在NHK的[大家的歌]里播放过[根っこ君]这样一首欢快的歌。是歌颂在地下默默撑起整棵大树的树根的歌。要是砍断它的话,树木的再生需要花费很长的时间--,桃粟大约需要3年,柿子大约需要8年的时间。对唱的歌声听起来非常有趣。
思い出したのは、仙台のケヤキ並木の「処遇」について先日書いたら、多くの便りをいただいたからだ。「切らずに残して」がほとんどだった。人が樹木に寄せる愛着のほどを、あらためて思った。
因为收到过很多读者来信,想起了前些日子写过的关于仙台的光叶榉木街道树的[遭遇]问题。大多数都是[不要砍掉留下吧]这样的意见。再次让人感觉到人类对树木的爱恋程度。
その割には、ほうぼうで簡単に切られることが多い。開発ばかりではない。近ごろは、薄暗い、目が届かないといった防犯上の理由で、公園や校庭の木が切られている。
尽管如此,但到处都在发生树木被任意砍伐的事情。不仅仅是开发的问题,最近,因为光线昏暗,遮挡视线而存在安全隐患,难以防范等原因,很多公园和校园里的树木被砍伐了。
『私たちは本当に自然が好きか』。問いかけをそのまま題名にした本を、塚本正司さん著した(鹿島出版会)。住宅地の計画に長く携(たずさ)わった人で、冷遇される木々に心を痛めてきた。新緑、万緑と愛(め)でられる。その一方で、落ち葉が邪魔、虫が多い、など人の都合で厄介者にされてきたからだ。
[我们真的喜欢大自然吗?]塚本正司先生以人们的提问为标题写过一本书。(鹿岛出版社出版)。使那些长期参与住宅规划的人,为了那些被任意砍伐处理的树木而痛心。人们在欣赏盎然绿意的同时,也会因为带来的不便而把昆虫落叶视为一种大麻烦。
桜に生涯をささげ、岐阜の荘川(しょうかわ)桜の移植を手がけた故・笹部新太郎も、樹木の生命を軽んじる人間の身勝手を憤った。植物は動物と違い、死ぬのと殺されることに区別を付けにくい。「木を殺す意味の漢字を一字だけ作ってほしい」と、たぎるような言葉を残している。塚本さんの思いにも通じるものがあろう。
一生致力于樱花栽培,并亲自参加了岐阜荘川樱花移植的已故的笹部新太郎先生也对忽视树木的生命的人的自私感到愤怒不已。植物和动物不同,很难区别其死亡和被毁坏。[希望创造出一个可以表示毁坏树木的意思的汉字来吧]笹部新太郎 先生为后世留下这样的炙热话语。在塚本さん的观点里也有和笹部新太郎的想法相通的东西吧。
『ねっこ君』の歌には、近ごろ森が少なくなったと嘆くモグラが登場する。一本の木に育(育む=かぐくむ=孵/培养,培育/保护,维护。)まれる生命の多彩さにも思いをめぐらせたい。
在『根っこ君』的歌里,有一只叹息最近森林变少了的鼹鼠登场了。即使是一棵树,它所蕴含的生命也是绚烂的,希望人们能对此有所深思。
PS:绿色的文字处,意思不是很清楚。希望高人指点