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2006年12月22日の「天声人語」

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 幼い頃から、とにかくよく眠る人だったようだ。「学校の授業も、半分以上眠っていただろう」。長じて俳句を詠むときには、俳号を「眠女(みんじょ)」にした(岸田今日子『あの季(とき)この季(とき)』知恵の森文庫)。

 
从小就是个常常犯困的人,说是“在校期间,有一半以上是睡着渡过的”。长大后在作词俳句时,索性将俳号封为“眠女”(岸田今日子《那个季节这个季节》知惠之林文库)。


 
岸田さんが、76歳で亡くなった。睡眠過多症の他に高所恐怖症、方向音痴などを自認していた。ぼんやりとたたずめば、そのとらえどころのないようなところに確かな存在感が宿るという不思議な俳優だった。

 
岸田女士在76岁辞世。自认除睡眠过多症外还患有路痴、恐高症等。是个在呆呆伫立中就会发现,在那无法捕捉到的地方有她切切实实存在于此的不可思议的演员。


 長い眠りからさめた大きな目には独特の輝きがあり、まなざしは人を現実から別世界へと誘うかのようだった。映画の「砂の女」や「秋刀魚(さんま)の味」、アニメのムーミン、そして童話の朗読。妖艶(ようえん)さや霊妙さに穏やかさと純真さを備えた独特の声を、ゆったりと転がすようにして演じ分けた。

 
睡眠苏醒后的大眼闪烁着独特的光辉,目光好似能把人从现实带到另一个世界。她出演过《砂之女》、《秋刀鱼的味道》等电影,还给动画片中的姆明配过音,朗诵过童话。那妖艳、灵妙又不失稳重和童真的独特嗓音,成功灵活得演绎了多个角色。


 
手元に1枚の手書きの資料がある。かつての本紙連載「新人国記」の取材班に岸田さんが寄せた。生年月日欄の生年が空白で、脇にこうある。「もう書かないことにしました」

 
身边有一张手写资料。是本刊曾连载《新人国记》的取材小组收到的来自岸田女士的手稿。在出生日期一栏空白,旁边标注道“已决意不再填写此栏”。


 
名前の欄は当然ながら「岸田今日子」だが、ひときわ大きく書かれた「今」の字に妙な味わいがある。「ラ」のような部分が、あのふっくらとした唇を大きく開いて笑っているように見えてくる。

 落款
一栏自然是“岸田今日子”,但其中的“今”字却整整大了一圈,好像有什么特殊的意味。酷似“う”的部分像一张饱满的嘴唇正开朗地笑着。


 
父は劇作家の岸田国士で、中学2年の時に岸田家で開かれた家族ら4人の句会が初めての句会だったという。〈黒猫の影は動かず紅葉散る〉はその時の一句で、大人びた感性がうかがえる。後年にはこんな句を詠む。〈春雨を髪に含みて人と逢う〉。少女と女とが早くから、そしていつまでも同居していたのかも知れない。

 
父亲岸田国土是个剧作家,据说今日子女士第一次接触俳句是在初中2年级时,在岸田家举行的家族4人俳句会上。“黑猫之影不触动那散落的红叶”---从当时的一句中就能体会到她同大人般的感性。数年后她又创作了“春雨渗透发丝等待他人”这样的句柄。或许少女与女性从很早以前开始,就是紧密在一起从未分开过的。

 

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