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2006年10月20日の「天声人語」

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「走高跳 坂口 一米五七 一等」。後に作家となる坂口安吾は、1924年、大正13年の秋に東京で開かれた全国中等学校陸上競技会で優勝した。それを伝える本紙からの抜粋だ。

“跳高  坂口 一米五七  第一名”。后来成为一名作家的坂口安吾,1924年、大正13年秋天,在东京举办的全国中学生田径运动会上胜出。以上是来自本报一篇报道的摘要。

 この日は大雨で、助走路の状態が悪かったという。他の選手たちが左足で踏み切るところは、水たまりになっていた。「私はそうでないところでふみきるから、楽々と勝った」。安吾は、右足からの踏み切りだった。(「世界新記録病」『坂口安吾全集』筑摩書房)。運動に熱中していた17歳のころの、青春の記録だ。

据说那天下着大雨,助跑道的状态非常糟糕,其他的选手们用左脚踩线的地方早已积成一个水坑。“我,不是在积水处踩的线,所以很轻松地就获胜了”。安吾是右脚踩线的。这是17岁时热爱运动的青春记录。

 安吾は、ちょうど100年前の1906年10月20日に、新潟市で生まれた。新潟市は今年、生誕100周年を記念して「安吾賞」を創設した。安吾のように、反骨精神で社会に挑戦し、感動や勇気を与えた個人や団体が対象で、劇作家の野田秀樹さんが初の受賞者となった。

 

正好是100年前的今天、即19061020日,安吾出生于新泻市。新泻市今年为纪念安吾诞辰100周年,设立了“安吾奖”。这个奖项授予对象是像安吾这样具有反叛精神,敢于向社会挑战,并能给予人们感动和勇气的个人和团体,剧作家野田秀树先生成了第一位获奖者。

戦後、「堕落論」などで注目された安吾の反骨ぶりは、並大抵ではない。「実現されねばならぬことは、たゞ一つ、自由の確立といふことだけ」と述べている。自由の確立とは、権威や組織に頼ることなく、自らの意思で生きることだろう。結果については、すべて自らが背負う覚悟が要る。

战后,以《堕落论》等引人注目的安吾,他的反叛精神是非同一般的。他阐述道:“我们一定要实现的,只有一个,那就是自由的确立”。所谓自由的确立,应该是指不依赖任何权威或组织,而按自己的意志生活吧。这就需要一种觉悟,即由自己来承担由此产生的一切后果。

 安吾は、凡人ならたじろぐこの厳しい世界に、ずいっと入ってゆく。それは、まずまねのできないことだ。しかし、誰の人生にも、ひょっとしたらそんな瞬間はあったのではないか。そう感じさせるところが、安吾の生と文学にはあるようだ。

在这个严酷社会里,一般人胆小畏缩,而安吾却勇往直前。单是这种精神,就是难以效仿的。然而,每个人的人生中,或许都会有这样的瞬间吧?给人有这样的自觉,便是安吾的人生和文学意义所在。

なにものかに管理される社会が続く限り、安吾は読み継がれてゆくだろう。

只要被某种东西管理着的这个社会还继续存在,那么,安吾就定会一直被歌颂下去。

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