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2006年03月16日の「天声人語」

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 衆院の副議長を長く務め、民主党の国会対策委員長に今月就任した渡部恒三氏は、党内では「黄門さま」とも呼ばれているそうだ。その渡部氏が役員会で取り出したのは、印籠(いんろう)ならぬ「起きあがり小法師」だった。地元会津の民芸品で、倒れても起きあがる縁起物だが、前原代表の手元の小法師は倒れたままだった。

  據說長期擔任眾議院副院長、本月就任民主黨國會對策委員長的渡部恆三,在黨內也被稱作“黃門先生”。而渡部在出席干事會時,拿出的竟是“起立小法師”。小法師起源於會津當地的民間藝術品,倒下也能自動站起來。但前原代表手裡的小法師卻再也沒能站起。

 「転び方が悪かったのかなあ」と渡部氏。小道具を操りながら、とぼけた感じを漂わせる。苦境に沈む党を何とか持ち上げようと、ひなびた芝居を演じているようにも見える。

“是倒下的方法不對吧”,操弄著的小道具的渡部一副茫然的表情。企圖挽救起已陷入困境的黨派,他人看來卻尤如一出充滿鄉土氣息的戲劇。

 きのう、民主党と永田寿康議員の連名の「『偽メール』に関する謝罪文」という広告が新聞に載った。「メールは全くの偽物」とし、「事実無根」を2度繰り返す。白旗を掲げて早々に幕を引きたいのかも知れないが、これで反転攻勢に回れるのだろうか。

  昨天,報紙上刊登了民主黨和永田壽議員聯名發布的對“假信件”事件謝罪的公告。2次申述“信件同容實不可信”,“毫無事實根據”的內容。出此下策或許是以為樹起白旗就可以匆忙敷衍了事,但這樣真就能夠扭轉局勢嗎?

 若い日の渡部氏は、後に自民党の総裁になる石橋湛山氏に傾倒していたという。石橋氏は1956年、昭和31年12月に首相に就任したが、翌1月に病に倒れ、2月には党幹部らに辞意表明の書簡を書いた。「友人諸君や国民多数の方々からはそう早まる必要はないという御同情ある御考えもあるかもしれませんが、私は決意いたしました」(『石橋湛山全集』東洋経済新報社)。

  據說年輕時代的渡部仰慕後來成為自民黨主席的石橋湛山。石橋湛山於1956年、即昭和31年12月就任首相,但1月即病倒,2月份向黨內人士表明辭任意願。“或許友人和國民們會認為無需提早辭任而對我產生同情之心,但我去意已決”(摘自<石橋湛山全集>東洋經濟新報社)。

 国会の審議に出席できない以上、辞任すべきだとも記した。国会は常にその機能を十分に果たさなければならない、という国民への義務感が読み取れる。

  既然無法出席國會的審議會就應該辭任。從這樣的記述中,不難可以體會到他“國會必須時刻、充分發揮其應有的機能”對國民的義務感。

 このところ国会では、国民の暮らしとは関係のない騒ぎが続いた。そろそろ、こちらを向いてもらいたい。

  近期的國會進行著一些與國民生活毫無關聯的舉動。期望其能夠盡快體會到石橋先生的這份義務感。


 

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