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2005年12月19日の「天声人語」

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 毎年クリスマスが近づくころに読み返したくなる本がある。ドイツの作家ケストナーの『飛ぶ教室』だ。寄宿学校を舞台に一群の生徒たちと、彼らを取り巻く人々との交流の物語である。

每年快要到圣诞节的这一段时间里,都有一些书会想到要再重读一遍。德国作家凯斯特纳的《飞翔的教室》便是其中之一。它说得是一群学生和包围在他们周围的人们以一所寄宿学校为舞台而发生的故事。

 主人公の一人は、貧しい給費生のマルチン。冬の休暇直前に故郷から手紙が届いた。父親が失職し、旅費が工面できないという。他の生徒が帰省する中、学校に居残る彼を舎監のベク先生が見つけた。「どうしたわけなのだ」「いいたくありません」

主人公之一,是一位名叫马丁的贫穷的给费生(是由公共团体或者学校提供学费的学生)。就在马上就要放寒假的时候,他收到了一封家信。信中说,他父亲已经失业,他回家的路费也实在是凑不齐了。然后,舍监伯格先生就发现了在别的学生都在回家的路上的时候却单独留在学校的他。“因为什么原因呢?”“没有一个好的家境!”

 泣き崩れるマルチンに先生は20マルクを渡す。「クリスマスの前日に贈る旅費は返すにはおよばない。そのほうが気もちがいいよ」(高橋健二訳)。その晩遅く、息子の帰還に驚く両親にマルチンがまっ先に言ったのは、「帰りの汽車賃もぼく持ってるよ」だった。

伯格先生递给了痛哭流涕的马丁20马克。“在圣诞前日送给你的旅费没有必要再还给我。这样的话,我心情会很舒畅的”(高桥健二译)。那天深夜到家的马丁对正惊讶于儿子能够回家的父母亲最先说的一句话就是,“回去上学的车钱我有!”

 何度読んでも、ここで目頭が熱くなる。本が書かれた1933年は、ヒトラーが政権を取った年だ。世界が不況に沈み、多くの人にとって、貧困や失業は生々しい問題だった。

无论读上多少遍,只要一读到这里我就会感动地要流下眼泪来。写成这本书的1933年,正是希特勒取得政权的那一年。世界陷入了不景气的状态之中,对于很多人来讲,贫困和失业就是自己即将面对的问题。

 今からみれば、主人公の抱える友情やライバル関係の悩みは甘っちょろいかもしれない。最近ドイツで映画化された「飛ぶ教室」では、学校への不適応や両親の離婚など現代の状況を織り込み、大胆に改作していた。

现在看起来,主人公对于带给自己负担的友情和竞争对手关系的烦恼也许很幼稚。最近在德国被翻拍成电影的《飞翔的教室》中,做出了编入对学校的不适应和双亲离婚之类属于现代情况的大胆改动。

 しかし、原作の伝えるメッセージに変わりはない。ケストナーは言う。「どうして大人は子どものころを忘れることができるのでしょう。子どもの涙は、決して大人の涙より小さいものではありません」。子どもを暴力や欲望の対象としか見ない悲劇が続く年の終わりに、改めてこの名作を読もうと思う。

但是,原作所传达出来的寓意并没有被改变。凯斯特纳这样说,“为什么成年人总是能够轻易的忘记自己儿时的情形呢?小孩子的眼泪,绝对不比大人的眼泪小多少!”。在这只能看到以孩子为对象所发生暴力事件这样的悲剧不断的一年之末,我想,一定要把这本名著再重新读上一遍。

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