您现在的位置: 贯通日本 >> 学习 >> 天声人语 >> 正文

2005年07月19日の「天声人語」

作者:amao  来源:贯通论坛   更新:2005-7-25 7:38:00  点击:  切换到繁體中文

 

贯通会员翻译讨论作品,仅供参考,如果想参与讨论请登陆论坛天声人语版块。

http://www.kantsuu.com/bbs/dispbbs.asp?boardID=121&ID=38618&page=1

茨城県取手市で書道を教えている松本恒子さんは84歳である。地元の合唱団の仲間約120人といっしょに、ドイツへ行って、ドイツ語でベートーベンの「第九」を歌ってきた。

 歌い終えると、ドイツの人たちから大きな拍手。「やった、という感じでした。それにしても、10年おきに2度もドイツで歌えるなんて、思ってもみなかった」
 松本さんが取手第九合唱団に加わったのは、91年のことだ。歌は好きだが、「第九」ともドイツ語とも縁がなかった。テープを聴いて、歌詞を丸暗記した。その5年前に生まれた合唱団の2度目の演奏会だった。
 このあと、「次はベートーベンの母国で」という声が上がった。「最初は、とても無理だと思われていたのですが」と言うのは小野耕三さんだ。合唱団のいまの代表である。合唱団には会社員、公務員、商店主ら様々な人がいる。つてを求めていくうちに、バーデンバーデンの交響楽団が共演を引き受けてくれた。
 それが95年のドイツへの初めての旅となる。その5年後、バーデンバーデンから指揮者のW・シュティーフェルさんを招いて、取手で演奏会を開く。そして、今回のドイツ再訪である。小野さんは「こんなに長く続いたのは、5年に1回というペースだったからだと思う。手づくりの演奏会は、準備や資金の手当てが大変なのです」という。
 このゆったりとした歩みがいいのだろう。早くも、「5年後もドイツで」という声が出ている。松本さんは「5年後ならば、行けるかもしれない。ぜひ行きたいですねえ」と話している。

1.在茨城县取手市教授书法的松本恒子女士今年84岁。她随当地合唱团团员约120人一行去了德国,并用德语演唱了贝多芬的“第九交响曲”。

2.歌毕,德国听众热烈鼓掌。“感觉太棒了!可是,10年当中能2次去德国演唱,这我想都没有想过”。

3.松本进入取手市第九合唱团是在1991年。虽然她喜欢唱歌,但这跟“第九交响曲”也好、德语也好都没有任何关系。她是听磁带,将歌词生生背下来的。她演唱这首歌是在5年前成立的合唱团的第二次的演唱会上。

4.此后,有人建议“下次在贝多芬的祖国演出”。“当初,大家都认为这是办不到的”,小野耕三说。小野耕三是现在合唱团的团长。合唱团中有公司职员、公务员、商店老板等各种人。在寻找门路的过程中,巴登巴登交响乐团答应可以共同演出。

5.第一次德国之旅是在1995年。5年后,邀请了巴登巴登的指挥W・修提菲尔先生在取手市举办了演唱会。这次是再次访问德国。小野说:“能够坚持这么长时间,我认为这归功于5年举办1次这样的周期。举办演唱会其准备以及资金保证都不是件容易的事”。

6.这样悠闲的节奏很好。早就有人提出“5年后还去德国”。松本说“5年后的话我也许还能去。我衷心希望能够去成”。


 


 

文章录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇文章:

  • 下一篇文章:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    中秋佳节月儿圆 这些日语称呼你

    【里约奥运会预热】奥运会比赛

    【盘点】日语中那些“鲜为人知

    各种和式点心的日文说法(中日

    【帽子日】盘点各种帽子的日语

    中国传统民俗“红盖头”日语释

    广告

    广告