アルゼンチンからフォークランド諸島を奪い返した英国は、3年後に軍用空港を造った。開港式は、しかし国会議員の放言でぶち壊しになる。「軍政と闘ったアルゼンチンの母親たちは(やすやすと占領された)島民よりずっと勇敢だった」。外地では政治家も高ぶるらしい
从阿根廷手中夺回福克兰群岛的英国3年之后在那里建造了一座军用机场,可是,启用仪式却因为国会议员的信口雌黄而惨遭破坏,所谓“与军政府进行斗争的阿根廷的母亲们要比(轻而易举就拱手相让的)岛民勇敢得多”。在境外,政治家也是慷慨激昂。
▼尖閣諸島の買い取りを米国で発表した石原東京都知事は、「政府に吠(ほ)え面(づら)かかせてやる」とけんか腰だった。それが成田空港では「国が乗り出し万全の態勢を敷くなら、東京はいつでも下がります」と落ち着いた
▼在美国宣布要购买尖阁群岛(钓鱼岛)的东京都知事石原情绪激动,“这回要让政府明确表示强硬态度”。总算是到了成田机场之后态度才稳定了下来,“如果国家能够出面,形成一个万全态势的话,东京任何时候都可以退出”
▼其实,与其说是给国境线上的诸岛挂上首都的牌号还不如说是推动迟钝的政府对领土问题表态的计策。而他自己则打算作为“让尖阁群岛成为国有土地的人”而名留青史。就是这么一回事情。
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