论坛讨论地址:
http://www.kantsuu.com/bbs/dispbbs.asp?boardID=121&ID=107417&page=2
ある落語家が刑務所へ慰問に出かけた。受刑者を前に、第一声は「エー、満場の悪人諸君!」。永六輔さんの「芸人 その世界」(岩波書店)に収められている一(ひと)コマだ。 一个落语家来到刑务所慰问,在受刑者面前第一声就说道“哎!满场的恶人啊”。永六辅的《艺人,那个世界》收录了这一片段。 笑う人もいれば、「言われる身になれ」と苦る人もいるだろう。人権感覚を疑問視する向きも、あるに違いない。だが、こういう場合はえてして、背景やいきさつを知らずに判断すると、的を外すことが多いようだ。 有因此而笑的人,也有因为说的是自己这样的人而痛苦的人。这无疑有质疑人权的感觉。 在这种场合下,如果不明白背景与错综复杂的关系而进行判断,便会偏离,迷失。 たとえば落語家が過去にもその刑務所を訪ね、交流を重ねていたとしよう。それなら荒っぽい毒舌も、親しみをもって感じられるかもしれない。互いの間柄いかんで、言葉は丸くもなれば、とがりもする。 比如说落语家过去曾经拜访过刑务所,进行过交流。如果这样的话就会让人感觉到即亲切又荒唐恶毒。即使话语婉转,也会因相互之间的问题而让人生气。 「地獄へ直行」と書いた紙を廊下に張って、遅刻者の指導をした中学教諭がいた。「イエローカード」「校長面談」などとも書いた紙に、遅刻の回数に応じて生徒の名を付箋(ふせん)でつけていた。配慮を欠いた指導と問題視され、校長が謝罪する騒ぎになったが、川崎市教委は先ごろ処分を見送った。「生徒との信頼関係の中での指導だった」と判断したそうだ。
有在走廊下贴上“直近地狱”的告示来警示迟到者的中学教谕。也有在写着“黄色卡片”“校长面谈”的纸上根据迟到的次数付上迟到学生姓名的便签。作为缺乏考虑的指导而备受指责,校长也因此而闹出了谢罪的风波,不久前川崎市教委也受到了处分。据说要建立“与学生在相互信赖的关系中进行指导”的方式。 問題が表面化すると、生徒らから市教委に、「先生を責めないで」といったメールが寄せられたという。少々荒っぽい指導でも受け入れる信頼感が、クラスにあったということだろう。 据说问题表面化之后,学生们也上书市教委要求“不要对老师进行指责”。 可以接受稍微有点粗鲁的指导的信赖感在班级中还是存在的吧。 教師の言動がいじめに結びつくこともあるから、判断はなかなか繊細だ。しかし先生たちの持っている“人間力”も封じ込んでしまう杓子(しゃくし)定規は、学校の魅力まで一緒にそいでいくように思える。角を矯(た)めて牛を殺す。そんな故事もある。
因教师的言论行动可能会牵扯到欺负学生的问题,因此判断相当细致。但是学校的魅力也会随着老师们所拥有的含有“人间力”的死板规则的消减而消失。为了矫正角而将牛杀死的事也是有的。
|