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2006年11月25日の「天声人語」

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筋肉のマヒのため、自宅からスクールバスに乗るまでの200メートルを歩くのに数十分かかる少女がいた。日々大きな苦痛を背負っているとみえた少女には、しかし、朝の楽しみがあったという。 

有个女孩,因肌肉麻痹每天从家里走到校车停站点仅200米的路程她需要花上几十分钟。然而就是这样看起来每天都承受着巨大痛苦的女孩,却告诉别人她每天早上都很有开心的事。
   

  
 まず喫茶店の前で、店員の女性とあいさつを交わす。言語障害もあるので、周りには「うーうー」としか聞こえないが、女性には「おはよう」と聞こえている。仕出屋の前で最初の休みをとり、猫のクロにもあいさつする。

首先路过西餐厅门前时,和店内的女员工们相互问候。因为有语言障碍,只能发发周围人听来是“呜--呜”的声音,但在女员工们听来却是“早上好”。外卖铺前做第一次的休息,并与猫咪小黑打招呼问好。

   
  
 続いて、まばらに木の生えた所で休み、おしまいの休みは草花の植えてある家の前でとる。マツバボタンにそっと触れて、朝のあいさつは終わる。「少女の朝の数十分の生活を知ったとき、わたしは衝撃を受けました……この少女によって、『子どもが見える』ということの意味を教えられました」。灰谷健次郎さんが「希望への橋——わたしの子ども原論」に書いている(『子どもが生きる』所収・世界思想社)。 

接着,在稀稀落落长着小树的路边第二次休息,直到最后一次休息是在一家种植着花草的门墅前。轻轻地触动瓷扣,清晨的礼节宣告完毕。在《通往希望的桥---我的孩子原论》中灰谷健次郎先生这样写道:“得知女孩早上几十分钟的生活时,我惊呆了……这个女孩教会我‘孩子能够看到’的道理”。(《孩子的生活》所收世界思想社)
   

  
 小説「兎の眼」や「太陽の子」で知られる灰谷さんが、72歳で亡くなった。神戸で小学校の教師を務めた経験に立ち、学校や大人の社会への厳しい論評を続けた。 

因《兔子的眼睛》和《太阳之子》等小说而闻名的灰谷先生于72岁辞世。生前曾在神户担任某小学教师,坚持对学校和大人们的社会言行进行过相当严厉的责论。

   
  
 「子どもの発する声から人間所在の危機を推察することは十分可能なのに、そうしようとしない教師は自らの人間性を見出せないままでいる、という悲劇まで加わる」(『学校のゆくえ』岩波書店)。

“虽然从孩子们发出的声音中完全可以推察到人类所存在的危机,但没想要这么做的教师们却坚持着找不到自己人性的状态,可谓是场悲剧。”(摘自《学校的去向》岩波书店)。
   

  
 子どもたちを見るだけではなく、見つめなければ「子どもが見える」ことにはならない。現代の家庭や教育の現場を照らす手がかりを、あの少女や命あるものたちとの触れ合いで得たのだろう.

对孩子们不仅仅要眼看,更要凝视,否则将无法发现“孩子们的视野”。从这个女孩和其它所有有生命物体的接解中,是否应该找到照亮现代家庭和教育现状的线索了呢。


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