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最近の言葉から。「島が壊れた。泣きたいよ」。福岡沖地震で多くの民家が崩れた玄界島で、漁協役員がもらした。漁期のさなかに事実上の全島避難が続き、漁業の島が呻吟(しんぎん)している。
从最近的話語里来的。“島已毀,人在哭”。福岡冲的地震使得許多民宅被毀的玄界島上,漁業从業員流失。漁訊的旺季實際上全島都持續在避難,漁島在呻吟。
地下鉄サリン事件から10年たった。「私たち被害者はずっと置いてきぼりのまま、時間が止まっています」。出勤途中に事件に遭い、今も後遺症に苦しむ女性は、国による救済の乏しさを訴える。
地下鉄的沙林事件以来已経10年了。[我們被害者一直都象木頭人一様被擺設着,随時間流逝没有改変]。上班途中遭遇這事件,至今仍為后遺症所苦的女性,如此控訴国家所給予的貧乏的救済。
60年前の東京大空襲を、作家の早乙女勝元さんは12歳で経験した。皇居の安否には言及しながら、市民の被害を「其(そ)ノ他」で片付けた大本営発表にこだわる。「『死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと覚悟せよ』とは、軍人勅諭(ちょくゆ)の一節だが、民草と呼ばれた国民の命は、鳥の羽よりも軽かったのである」
60年前的東京大空襲,作家早乙女勝元在12歳時経暦過。提及到皇室的安危同時,市民的受害人以“其他人”只字片語的形式發表在大本營報上。“‘死有軽于鴻毛的覚悟’的話,是對軍人告喩的一節,被称為草民的国民的生命,則比鳥類的羽毛還要軽。”
ハンセン病問題の検証会議が、隔離の実態を最終報告書にまとめた。「真理子よ そのお前は標本室にはいないのです 真理子よ 今どこにいるのです」。元患者で盲目の詩人、桜井哲夫さんは、堕胎手術で失った娘に詩で呼びかける。標本までもが、ひそかに処分されていた。
麻風病問題的検証会議上,隔離的實况總結在了最終報告書上。“真理子阿 那様的倪并不在標本室 真理子阿現在的倪到底在何方”。原病患用盲人詩人,桜井哲夫的詩,呼喚因為堕胎手術失去的女儿。標本不必説,也都被悄悄処理掉了。
「日本橋の上に高速道路なんぞ通したのは、どこのどいつだって、今だって思ってる」と話す写真家、富山治夫さん(70)は、東京・神田生まれ。江戸っ子の反骨が、ライフワークの社会戯評「現代語感」を支えた。
“在日本橋上的高速公路上通行時,到什麼地方有多少条線,現在還在想”這麼説的攝影師,富山治夫,生于東京神田。東京人的反叛,是畢生受到社会諷刺性評論“現代語感”的称腰的縁故。
『悲しき熱帯』で知られる文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースさん(96)が久々に仏メディアに登場した。今後の予定を問われて言った。「そんなこと、聞くもんじゃないよ。私はもう現代社会の一員ではないのだから」
因“悲傷的熱帯”而為人熟知的文化人類学的庫羅徳.莱文斯特労斯(96)在久違的法媒体上露面。被問及到今后的預定。“那様的東西,都不應該問。我已経不能算是現代社会的一員了不是麼”。
其實自己也看不明白是什麼内容,大家一起貼