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1976年、昭和51年といえば、ロッキード事件で世の中が大揺れした年である。この年に運転を始めた関西電力美浜原発3号機(福井県美浜町)で、いたましく、重大な事故が起きた。太い配管が破裂し、噴き出した高温高圧の蒸気を浴びた作業員多数が死傷した。
1976年也就是昭和51年,由于洛克希德事件而世界动荡的年代。在当年开始运营的关西电力美浜3号机,发生了一起令人悲痛的重大事故。一根管子破裂了,喷出的高温高压的蒸汽致使多人死伤。
本来点検すべきだった破裂個所は、運転開始以来一度も検査されなかった。点検台帳への登録もれとその見逃しがあり、昨年ようやく気付いた後も、点検は先送りされたなどと報じられた。
本来应该定期检修的破裂,自从运转以来一次都没检修过。在检修本上也没有登记,从去年渐渐注意到之后,也通知说把检修单送到检修地去了。
破裂した管の写真がすさまじい。鋭利な刃物で切り裂かれたように破れ、紙のようにめくれた。当初は厚さが1センチあったのに、最も薄いところは1・4ミリにまですり減っていた。76年には、輝くような新品だったのだろうが、今は茶色いぼろ切れのようにやつれ果てている。
破裂管道的照片看起来十分凄凉。像被锐利的刃器割破的一样,像用纸卷起来的一样。原本有1厘米厚的管道,最薄的地方都已经磨损到不足1.4毫米了。76年,还是闪闪发亮的新品,到了现在已经变成破烂不堪的茶色了。
数学者で哲学者でもあったバートランド・ラッセルが書いていた。「機械は、美しいから崇拝され、力を授けるから、尊重され、恐ろしい姿をしているからにくまれ、奴隷状態をおしつけるから、きらわれる」(『懐疑論』角川文庫)。
既是数学家又是哲学家的バートランド・ラッセル曾经在《懐疑論》中写道: ”机器由于美丽而被称赞,由于赋予力量而被尊重,由于可怕的样子而被憎恨,由于奴隶的状态而被讨厌。”
破裂した配管は太さが60センチ近くもあった。ある時は美しく、またある時は、原発という巨大な機械を支える力強い腕のように見えたかも知れない。しかし今は、恐ろしい姿になった。
破裂的管道直径大约60厘米。有的时候很美丽,也有的时候,可能会被看成是巨大的机械的强有力的支撑。但是,现在看起来却很恐怖。
その姿は、点検という機械との大事な対話を怠った関電の重い責任を問うているだけなのだろうか。常に暴走の可能性を秘めた原発と人間とが、今後どう向き合ってゆくのか。行政や、電力を使う側にも向けられた、無言の問いかけに見えた。
这个样子不能不追究怠慢了检修机器这重要一环的重大责任。经常发生的聚众袭击的原因和人类之间将会有怎样的关系呢?行政在使用电力方面也无言以对了。