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ぐいすもち」と張り紙がある。先のすぼんだ黄緑色の餅が、棚の中で行儀よく並んでいた。〈鴬餅の持重りする柔かさ 篠原温亭〉。
昨天,漫步在通往寺庙路上,不经意间来到一家和式糕团店前。店的玻璃门上贴着张纸,上写“莺饼”两字。望里看,只见头尖尖的黄绿色的糕饼,端端正正地在架子上排着。〈莺饼,沉甸甸的松软 篠原温亭〉
店を行きすぎた坂道の脇に立つ掲示板に、今日の知らせが出ている。「節分祭 三日午後三時 豆まき」。森鴎外の短編「追儺(ついな)」には、明治期の節分の日が記されている。料亭の座敷で、約束までの時間をもてあましていると、突然、赤いちゃんちゃんこを着たおばあさんがひとり、ずんずんと入って来る。
过了店面的一个坡道边上,竖着一块告示牌,上面写着今日的通知:“节分祭(注:立春前日,驱鬼节) 三日下午三点 撒豆”。森鸥外在短篇小说《追傩》里,描写了明治时期节分日的情形:在小酒馆的房里坐着,离约定的时间还早,正不知如打发之时,突然,一个身穿坎肩的老婆婆风风火火地闯了进来。
ちょこんとあいさつして、豆をまき始めた。「福は内、鬼は外」。女性が数人ばらばらと出てきて、こぼれた豆を拾う。「お婆さんの態度は極めて活々(いきいき)としてゐて気味が好い」(『森鴎外 現代小品集』晃洋書房)。
只见她略打了个招呼,就开始撒开豆子了。口中念念有词道:“福请进,鬼请出”。之后,几个女子劈劈啪啪的跑出来,来检撒了一地的豆子。“老婆婆的神态极有生气,使人为之一振” (《森鸥外 现代小品集》晃洋书房)。
確かに豆まきは、やや大げさなぐらいに声をあげて、勢いよくまくのがほほえましい。昨今では、近所からうるさがられるかもしれないが、邪気を払う願いに免じてだけは許してもらいたい気がする。 的确,撒豆就得略带夸张地提高了嗓门来喊,这样才有声有势,使人感到欣慰。如今这么做,或许会有扰邻之嫌,不过,我觉得看在其驱邪祈福的心愿上大家也会原谅的吧。
豆をまく時のかけ声は、ところによって変わる。寺の宝が鬼の面という名古屋市の大須観音では「福は内」だけだ。東京の稲荷鬼王神社では、神社の名前をおもんぱかって「福は内、鬼は内」、入谷**母神は「福は内、悪魔外」だそうだ。 撒豆时的说词,各个地方是有所不同的。名古屋市大须观音寺的镇寺之宝就是鬼脸,所以在那里只喊“福请进”。在东京稻荷鬼王神社,则因顾及神社的名字,喊“福请进,鬼请进”,还有在入谷**母神社据说喊的是“福请进,恶魔请出”。
近年は、大がかりな見せ物と化した豆まきの行事もあるようだ。しかし、それぞれの家や居場所で、それぞれに福と鬼とを思うことが、本来の姿なのだろう。〈節分の豆少し添へ患者食 石田波郷〉
近年来,似乎还出现了一种已变相为盛大的、表演性质的撒豆仪式。然而,在各个不同的房屋居所,分别进行祈福驱鬼,才是其本来面目吧。〈拾来节分豆,稍添病者餐 石田波乡〉
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