青い空は一つの海のような工合で、そこにいささか見える浮雲は、さながら筆洗(ひっせん)の中で白筆(はくひつ)を洗ったように棚曳(たなび)き、冴え渡った月は陳士成に向って冷やかな波を灌(そそ)ぎかけ、初めはただ新(あらた)に磨いた一面の鉄鏡に過ぎなかったが、この鏡はかえって正体の知れぬ陳士成の全身を透きとおして、彼の身体の上に鉄の月明(げつめい)を映じた。
彼は室外の院子(あきち)の中をさまよっていたが、眼の裡(うち)がすこぶるハッキリしてあたりは静まり返っていた。静まり返った中にわけもなくいざこざが起って来て、彼の耳許にしっかりとした、せわしない小声が聞えた。
「右へ廻れ、左へ廻れ」
彼は伸び上って耳を傾けるとその声はだんだん高くなって
「右へ廻れ」
と言った。 空中青碧到如一片海,略有些浮云,仿佛有谁将粉笔洗在笔洗里似的摇曳。月亮对着陈士成注下寒冷的光波来,当初也不过像是一面新磨的铁镜罢了,而这镜却诡秘的照透了陈士成的全身,就在他身上映出铁的月亮的影。
他还在房外的院子里徘徊,眼里颇清静了,四近也寂静。但这寂静忽又无端的纷扰起来,他耳边又确凿听到急促的低声说:
“左弯右弯……”
他耸然了,倾耳听时,那声音却又提高的复述道:
“右弯!”
彼は覚えていた。この庭は彼の家がまだこれほど落ち目にならぬ時、夏になると彼の祖母と共に毎晩ここへ出て涼んだ。その時彼は十歳にもならぬ脾弱(ひよわ)な子供で、竹榻(たけいす)の上に横たわり、祖母は榻(いす)の側(そば)に坐していろんな面白い昔話をしてくれた。祖母は彼女の祖母から聴いた話をした。陳氏の先祖は大金持だよ。この部屋は先祖がお釜を起したところで、無数の銀が埋(うず)めてあるそうだから、子孫の中で福分のある者がそれを掘り当てるのだろうが、まだ一向出て来ない。埋(うず)めてあるところは一つの謎の中に蔵(かく)されてある。
「右へ廻れ、左へ廻れ、前へ行け、後ろへ行け、桝目(ますめ)構わず量(はか)れ金銀」 他记得了。这院子,是他家还未如此雕零的时候,一到夏天的夜间,夜夜和他的祖母在此纳凉的院子。那时他不过十岁有零的孩子,躺在竹榻上,祖母便坐在榻旁边,讲给他有趣的故事听。伊说是曾经听得伊的祖母说,陈氏的祖宗是巨富的,这屋子便是祖基,祖宗埋着无数的银子,有福气的子孙一定会得到的罢,然而至今还没有现。至于处所,那是藏在一个谜语的中间:
“左弯右弯,前走后走,量金量银不论斗。”
この謎について陳士成はつねづね心に掛けて推測していたが、惜しいかな、ようやく解きほごしたかと思うと、すぐにまたはぐれてしまう。一度彼はたしかに見当つけて、唐家に貸してある家の下に違いない、と睨んだが、向うへ行って掘り出す勇気はない。幾度も考えなおすうちにだんだんそうらしくなって来た。自分の部屋の中にいくつも掘り返した穴の痕(あと)は、前かた試験に落第してその都度腹を立てた挙動の跡で、のちのちそれを見ると羞(はず)かしくなって、人に合せる顔もないように思われた。
しかし今夜は鉄の光が陳士成を閉じ籠めて、あのねと勧めた。彼が愚図ついていると、正しき証明を与え、そのうえしんみりした催促が加わるので、どうしても自分の部屋の中へ眼をやらずにはいられない。
对于这谜语,陈士成便在平时,本也常常暗地里加以揣测的,可惜大抵刚以为可以通,却又立刻觉得不合了。有一回,他确有把握,知道这是在租给唐家的房底下的了,然而总没有前去发掘的勇气;过了几时,可又觉得太不相像了。至于他自己房子里的几个掘过的旧痕迹,那却全是先前几回下第以后的发了怔忡的举动,后来自己一看到,也还感到惭愧而且羞人。
但今天铁的光罩住了陈士成,又软软的来劝他了,他或者偶一迟疑,便给他正经的证明,又加上阴森的摧逼,使他不得不又向自己的房里转过眼光去。
白き光! それは一本の団扇(うちわ)のようにひらひらと彼の部屋の中に閃いた。
「とうとうここにあった」
彼はそういいながら獅子のように馳け出して部屋の中に飛び込んだ。飛び込んだ時にはもう白い光の影もなく、ただ薄暗い元の部屋に壊れかかった数ある卓子(テーブル)がみな黒暗(くらやみ)の中に隠れていた。彼は爽やかな気分になって突立ち、もう一度ゆるゆる瞳を定めてみると、白い光はハッキリと見え出して来た。今度はいっそう広大に硫黄の火よりもハッキリとして白く、朝霧よりもほんのりとして濃(こま)やかに、東の壁の書卓の下から立上った。 白光如一柄白团扇,摇摇摆摆的闪起在他房里了。
“也终于在这里!”
他说着,狮子似的赶快走进那房里去,但跨进里面的时候,便不见了白光的影踪,只有莽苍苍的一间旧房,和几个破书桌都没在昏暗里。他爽然的站着,慢慢的再定睛,然而白光却分明的又起来了,这回更广大,比硫黄火更白净,比朝雾更霏微,而且便在靠东墙的一张书桌下。