陳士成(ちんしせい)が県の試験の発表を見て、家へ帰って来た時にはもう午後であった。彼は行った時には手ッ取早く掲示板を見て、まず上段の陳字を捜した。陳字も少くはないが、皆先きを争い、遅るるを恐れるように彼の眼の中に躍(おど)り上って来た。しかしそれに繋がっているのは士成の二字ではなかった。彼は新規巻きなおしにもう一度十二枚の掲示の円図の中を一つ一つ捜し尋ねて人名を皆見尽したが、遂に陳士成の名を見出すことが出来なかった。彼はただ試験場の壁の前に突立っていた。
陈士成看过县考的榜,回到家里的时候,已经是下午了。他去得本很早,一见榜,便先在这上面寻陈字。陈字也不少,似乎也都争先恐后的跳进他眼睛里来,然而接着的却全不是士成这两个字。他于是重新再在十二张榜的圆图里细细地搜寻,看的人全已散尽了,而陈士成在榜上终于没有见,单站在试院的照壁的面前。
涼風(すずかぜ)はそよそよと彼の白髪交りの短い髪の毛を吹き散らしたが、初冬の太陽はかえって暖(あたた)かに彼を照し、日に晒された彼は眩暈を感じて、顔色は灰色に成り変り、過労のため赤く腫れ上った二つの眼の中から奇妙な閃光が飛び出した。この時は、実はもう壁の上の掲示などは眼の中にない。ただたくさんの真黒な○○がふらふらと眼の前に浮び出しているのだ。
凉风虽然拂拂的吹动他斑白的短发,初冬的太阳却还是很温和的来晒他。但他似乎被太阳晒得头晕了,脸色越加变成灰白,从劳乏的红肿的两眼里,发出古怪的闪光。这时他其实早已不看到什么墙上的榜文了,只见有许多乌黑的圆圈,在眼前泛泛的游走。
ずば抜けた秀才として初等試験から高等試験まで立続けに及第し……村の物持はあらゆる手段をもって縁を繋ぎ求め、人々は皆|神仏(かみほとけ)のように畏敬し、深く前の軽薄を悔いて気を失うばかり……自分の襤褸(ぼろ)屋敷の門内を賃借りする雑姓を追い出し――追い出すどころか、なかなかどうして彼等自身で運び出す――家屋は面目を一新して門口には旗竿と扁額……位が欲しければ京官(けいかん)となるもよし、金が欲しければ地方官となるがいい。……彼は常日頃割り当てていた行先が、この時|潮(うしお)をうけたキンカ糖の塔のように、ガラリと崩れて、ただうず高き破片のみが余っていた。彼は藻抜けの殻をぐるりと廻して知らず知らず家路に著(つ)いた。 隽了秀才,上省去乡试,一径联捷上去,……绅士们既然千方百计的来攀亲,人们又都像看见神明似的敬畏,深悔先前的轻薄,发昏,……赶走了租住在自己破宅门里的杂姓——那是不劳说赶,自己就搬的,——屋宇全新了,门口是旗竿和扁额,……要清高可以做京官,否则不如谋外放。……他平日安排停当的前程,这时候又像受潮的糖塔一般,刹时倒塌,只剩下一堆碎片了。他不自觉的旋转了觉得涣散了身躯,惘惘的走向归家的路。
彼はようやく自分の家の門口に著いた。七人の生徒は一斉に口を開けてがやがやと本を読み始めた。彼はびっくりして、耳の側で鐘を叩かれたように感じた。見ると七人の頭が小さな辮子(べんす)を引いて眼の前に浮び上った。部屋中に浮び上って黒い輪に挟まれながら跳(おど)り出した。彼は椅子に腰を卸(おろ)してよく見ると、彼等は夜学に来ているのだが、彼の顔色を窺うようにも見えた。
「帰ってもいい」
彼はようやくのことで、これだけのことを悲しげに言った。
子供等はぞんざいに本を包んで小腋(こわき)に抱え、砂煙を揚げて馳(か)け出して行った。
陳士成はまだいろいろの小さな頭が黒い輪に挟まれて眼の前に踊り出すのを見た。それが、時には交ぜこぜになり、時にはまた異様な陣立(じんだて)に排列され、遂にだんだん減少してぼんやりとして来た。
「今度もこれでお終い」
彼はびっくりして跳び上った。明らかに耳の側(そば)で話しているのである。振返ってみると人がいるわけではない。まるでボーンと一つ、鐘を叩くようにも聞えたので、自分の口でもいいなおしてみた。
「今度もこれでお終い」 他刚到自己的房门口,七个学童便一齐放开喉咙,吱的念起书来。他大吃一惊,耳朵边似乎敲了一声磬,只见七个头拖了小辫子在眼前幌,幌得满房,黑圈子也夹着跳舞。他坐下了,他们送上晚课来,脸上都显出小觑他的神色。
“回去罢。”他迟疑了片时,这才悲惨的说。
他们胡乱的包了书包,挟着,一溜烟跑走了。
陈士成还看见许多小头夹着黑圆圈在眼前跳舞,有时杂乱,有时也摆成异样的阵图,然而渐渐的减少了,模胡了。
“这回又完了!”
他大吃一惊,直跳起来,分明就在耳边的话,回过头去却并没有什么人,仿佛又听得嗡的敲了一声磬,自己的嘴也说道:
“这回又完了!”
彼はたちまち片方の手を上げて指折数えて考えてみると、十一、十三囘、今年も入れて十六囘だ、とうとう文章のわかる試験官が一人も無かった。眼があっても節穴同然、気の毒なこった、と思わずクスクスと噴き出したが、また憤然としてたちまち本の包(つつみ)の中から、正しく書き写した制芸文と試験用紙を脱(ぬ)き出し、それを持って外へ出た。家の門まで出ると凡(すべ)てがハッキリ見え出し、一群の鶏も彼を笑っているので度肝を抜かれて引込んだ。 他忽而举起一只手来,屈指计数着想,十一,十三回,连今年是十六回,竟没有一个考官懂得文章,有眼无珠,也是可怜的事,便不由嘻嘻的失了笑。然而他愤然了,蓦地从书包布底下抽出誊真的制艺和试帖⑶来,拿着往外走,刚近房门,却看见满眼都明亮,连一群鸡也正在笑他,便禁不住心头突突的狂跳,只好缩回里面了。
彼は部屋に入って席に著くと、二つの眼が異常に光った。彼の眼はいろいろのものを見ながらはなはだ攫(つか)みどころのない。キンカ糖の塔のように崩れた行先が眼の前に横たわった。この行先はひたすら広大にのみなりゆきて、彼の一切の路(みち)を堰(せ)き止めた。
よその家の煮焚きの烟(けむり)は、ずっと前に消え尽して、箸もお碗(わん)も洗ってしまったが、陳士成はまだ飯も作らない。ここの長屋を借りて住む趙錢李孫(源平藤橘)は長いしきたりを知っていて、およそ県試験の年頭に当り、成績が発表されたあとで、このような彼の眼付を見ると、々(そうそう)門を締めて、余計なことに関係せぬに越したことはないから、真先きに人声が絶え、続いて次から次へと燈火を消してしまうので、冴え渡った月が独りゆるゆると寒夜の空に出現した。 他又就了坐,眼光格外的闪烁;他目睹着许多东西,然而很模胡,——是倒塌了的糖塔一般的前程躺在他面前,这前程又只是广大起来,阻住了他的一切路。
别家的炊烟早消歇了,碗筷也洗过了,而陈士成还不去做饭。寓在这里的杂姓是知道老例的,凡遇到县考的年头,看见发榜后的这样的眼光,不如及早关了门,不要多管事。最先就绝了人声,接着是陆续的熄了灯火,独有月亮,却缓缓的出现在寒夜的空中。