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孔乙己魯迅(日文版)

作者:佚名  来源:kekejp.com   更新:2020-3-31 22:14:36  点击:  切换到繁體中文

 

「本が読めるなら乃公が試験してやろう。茴香豆の茴の字は、どう書くんだか知ってるかえ」


わたしはこんな乞食同様の人から試験を受けるのがいやさに、顔を素向(そむ)けていると、孔乙己はわたしの返辞をしばらく待った後、はなはだ親切に説き始めた。


「書くことが出来ないのだろう、な、では教えてやろう、よく覚えておけ。この字を覚えていると、今に番頭さんになった時、帳附けが出来るよ」


わたしが番頭さんになるのはいつのことやら、ずいぶん先きの先きの話で、その上、内の番頭さんは茴香豆という字を記入したことがない。そう思うと馬鹿々々しくなって


「そんなことを誰がお前に教えてくれと言ったえ。草冠の下に囘数の囘の字だ」


孔乙己は俄に元気づき、爪先きで櫃台(デスク)を弾(はじ)きながら大きくうなずいて


「上出来、上出来。じゃ茴の字に四つの書き方があるのを知っているか」


彼は指先を酒に浸しながら櫃台の上に字を書き始めたが、わたしが冷淡に口を結んで遠のくと真から残念そうに溜息を吐(つ)いた。


またたびたび左(さ)のようなことがあった。騒々しい笑声が起ると、子供等はどこからとなく集(あつま)って来て孔乙己を取囲む。その時茴香豆は彼の手から一つ一つ子供等に分配され、子供等はそれを食べてしまったあとでもなお囲みを解かず、小さな眼を皿の中に萃(あつ)めていると、彼は急に五指をひろげて皿を覆い、背を丸くして


「たくさん無いよ。わしはもうたくさん持ってないよ」


というかと思うとたちまち身を起し


「多からず、多からず、多乎哉(おおからんや)多からざる也」


と首を左右に振っているので、子供等はキャッキャッと笑い出し、ちりぢりに別れゆくのである。


こういう風に孔乙己はいつも人を愉快ならしめているが、自分は決してそうあろうはずがない。ほかの人だったらどうだろう。こうしていられるか。


ある日のことである。おおかた中秋節の二三日前だったろうと思う。番頭さんはぶらりぶらりと帳〆めに掛り、黒板を取卸して、たちまち大声を出した。


「孔乙己はしばらく出て来ないが、まだ十九銭残っているよ」


そこでわたしもしばらく彼の見えないことを思い出したが、側(そば)に酒飲んでいる人が


「あいつは来るはずがない。腿の骨をぶっ挫いちゃったんだ」


「ええ、何だと」


「相変らず泥棒していたんだ。今度はあいつも眼が眩んだね。ところもあろうに丁挙人(ていきょじん)の家(うち)に入ったんだから、な。あすこの品物が盗み出せると思うか」


「そうしてどうした」


「どうしたッて? 謝罪状を書くより外(ほか)はあるめえ。書いたあとで叩かれ、夜中まで叩かれどおしで、もう一度叩かれたら、ポキリと言って腿の骨が折れてしまった」


「それからどうした」


「それから腿が折れたんだ」


「折れてからどうした」


「どうしたか解るものか。たぶん死んだろう」


番頭はその上訊こうともせず、のらりくらりと彼の帳合を続けていた。


中秋節が過ぎてから、風は日増しに涼しくなり、みるみるうちに初冬も近づいた。わたしは棉入(わたいれ)を著て丸一日火の側(そば)にいて、午後からたった一人の客ぐらいでは(まぶた)がだらりとせざるを得ない。するとたちまちどこやらで


「一杯燗けてくれ」


という声がした。よく聞き慣れた声だが眼の前には誰もいない。伸び上って見ると櫃台の下の閾(しきい)の上に孔乙己が坐っている。顔が瘠せて黒くなり何とも言われぬ見窄(みすぼ)らしい風体で、破れ袷一枚著て両膝を曲げ、腰にアンペラを敷いて、肩から縄で吊りかけてある。


「酒を一杯燗けてくれ」


番頭さんも延び上って見て


「おお孔乙己か、お前にまだ十九銭貸しがあるよ」


孔乙己はとても見惨(みじめ)な様子で仰向いて答えた。


「それはこの次ぎ返すから、今度だけは現金で、いい酒をくれ」


番頭さんは例のひやかし口調で


「孔乙己、またやったな」


今度は彼もいつもと違って余り弁解もせずにただ一言(ごん)


「ひやかしちゃいけない」


というのみであった。


「ひやかす? 物を盗らないで腿を折られる奴があるもんか」


孔乙己は低い声で


「高い所から落ちたんだ。落ちたから折れたんだ」


この時彼の眼付はこの話を二度と持出さないように番頭さんに向って頼むようにも見えたが、いつもの四五人はもう集っていたので、番頭さんと一緒になって笑った。


わたしは燗した酒を運び出し、閾の上に置くと、彼は破れたポケットの中から四文銭を掴み出した。その手を見ると泥だらけで、足で歩いて来たとは思われないが、果してその通りで、彼は衆(みな)の笑い声の中に酒を飲み干してしまうと、たちまち手を支えて這い出した。


それからずっと長い間孔乙己を見たことがない。年末になると、番頭さんは黒板を卸して言った。


「孔乙己はどうしたろうな。まだ十九銭貸しがある」


次の年の端午の節句にも言った。


「孔乙己はどうしたろうな。まだ十九銭貸しがある」


中秋節にはもうなんにも言わなくなった。


それからまた年末が来たが、彼の姿を見出すことが出来なかった。そして今になったが、とうとう見ずじまいだ。


たぶん孔乙己は死んだに違いない。


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