冷凍庫を整理し、お宝を見つけることがある。旅先で買った干し烏賊(いか)だったり、作りすぎたパスタソースだったり。冷凍物と蔑(さげす)むなかれ。解かせば懐かしい時の恵みである。
整理了下冰箱,发现了不少宝贝。比如在旅游地买的干乌贼啦,做多的了意大利意大利通心粉啦。可不要轻视这些冷冻了的食物。一旦化开,会给你带了一段怀念的时光。
東京紙面の投稿欄「ひととき」に、「私の日本語は冷凍品」なる一文があった。夫の転職で1960年に渡米し、ニューヨーク近郊で半世紀を過ごした江崎真佐子さん(81)からだ。「ら抜き」表現の広がりを小欄で知り、驚かれたらしい。
在东京版面的投稿栏《一段时光》中,登载了一篇题为《我的日语是冷冻食品》的文章。因为丈夫调职,妻子江崎真佐子于1960年赴美,在纽约的近郊度过了半个世界。在本栏中得知“缺少ら”的表现形式,这让她大吃一惊。
この方の日本語は米国に持ち込んだ時の状態という。「後生大事の母国語が、えたいのつかめぬものへと変身中の今、私の言葉は地球温暖化で徐々に沈む南方の島のごとく、立つ瀬をだんだん失っています」と結ばれていた。
据说她的日文保持在去美国时候状态。她以这样一段话作结语,“极为珍视的母语,现如今正变为不知所云的东西,我的语言就仿佛像因地球温暖化而下沉的南方诸岛一样,渐渐失去立足之地”。
拝読し、欧州暮らしで世話になった女性の物腰を思い出した。やはり若くして日本を離れ、外国人を伴侶にした人である。たとえば銀幕の原節子さんみたいな、美しい日本語の使い手だった。
读了这篇文章后,我想起了曾经在欧洲生活时照顾过我的一位女性的举止。她也是年轻时就离开了日本,与外国人结为夫妻。她也是一位使用优雅的日语的能手,就像是银幕上的原节子女士。
愚息が小学校を病欠した時、「お具合いかがですの」と聞かれたことがある。快方に向かっている旨伝えると、満面の笑みで「奥様もお喜びで」。ただの風邪なのにと思いながら、ほっこりさせられた。雑踏で着物姿を見かけた時のように。
犬子因病没有上课时,她就会问“情况如何了呢?”。当我跟她说快好了时,她就满脸笑容的说,“你夫人也会很高兴的”。虽然只是小小的感冒,但是让人感到内心暖烘烘的。这感觉就像在人山人海中看到了穿和服的同胞时一样。
異境の江崎さんも、そうした言葉たちと年を重ねたのだろう。肩書に大学生とあり、八十路(やそじ)にしてなお前向きの人生が浮かんでくる。立つ瀬がないどころか、お持ちの「冷凍品」こそ貴重この上ない。語り部として、傷む前の大和言葉を「ら抜け」世代にお伝え願いたい。
在海外的江崎女士也是说着这样的语言年复一年的度过。她以大学生自居,虽然已年逾八十,但积极向上的人生渐渐浮现在人们面前。她怎么会没有立足之地呢?她所拥有的“冷冻食品”珍贵无比。作为语言的传承者,希望能将完整的日本语传递给“缺少ら”的这一代人。