赤シャツといえば、漱石の小説「坊っちゃん」に出てくる嫌みな中学教頭だ。赤シャツ氏は文学士で、作中、坊っちゃんは「文学士といえば大学の卒業生だからえらい人なんだろう」と言う。時は明治、学士様の値打ちは今と比べものにならない
说到红衬衫就会联想到出现在潄石小说“公子哥”中的那个令人讨厌的中学校长助理。这位红衬衫先生是个文学士,在小说中公子哥称“文学士么,都是大学毕业,定是个了不起的人吧”。时处明治年间,学士的价值与当今那是没法比的了。
とはいっても、漱石の盟友だった子規は〈孑孑の蚊になる頃や何学士〉と揶揄したような一句を詠んでいる。大学を中退した頃の作というから、微妙な屈託もあるようだが、諧謔のセンスはこの人らしい
可即便如此,漱石的盟友子规曾吟诵了一首颇具调侃意味的俳句,〈孑孓长大称虫蚊,恰似学士胡嗡嗡〉。正因为该作品出自其大学中退时期,故尚能感觉出一点微妙的抱屈,不过这种谐谑幽默的感觉倒是他的风格。
ところで昨今は、漱石らが聞いたら戸惑うような学士が急増しているそうだ。先の本紙記事によれば、50年ほど前には文、法、工、経済などおなじみの25種だったのが、今や何と700を超えた。何を学んだのか分かりにくいものも多い
然而,据说现如今学士的数量急剧增加,恐怕连漱石闻讯也定会感到疑惑不解。据前不久本报的报道称,50来年前,只有文、法、工以及经济等人们所熟悉的这些专业中的25种。可现在已经超过了700。还有很多专业都弄不懂他们到底学的是些什么。
例えばデザインストラテジー、ホスピタリティ経営、人間文化共生……まだまだある。大学設置基準が変わって、自由に学位名をつけられるようになったためらしい
例如,设计策略(Design Strategy)、酒店管理(Hospitality Management)、人际文化共生……,还有很多很多。看来这是因为大学设课的基准发生了变化,可以自由地命名学科名称的缘故。
右の例のことではないが、専門家は「日本の大学が変な学位を出して、世界から低く見られないよう自覚を促すほかない」と憂える。大学は乱立、学位は撩乱。機会が広がる一方、首をかしげる向きが多いのも事実だ
虽然并不是以上所举的事例,据说,专家们不无担忧地认为,“我们只能敦促日本的大学要有自知之明,不要设立一些稀奇古怪的学位,让世界看低了我们。”乱办大学,乱设学位,虽然有其机会增加的一面,可事实是,也确实在另一方面造成了一些令人费解的倾向。
漱石が東京帝大講師の職をなげうったのはよく知られる。「大学屋も商売である」と言い、「大学は月給とりをこしらえて威張っている所」と嘆いた人だ。少子化の時代に最高学府はどうあるべきか。三途の川に糸電話を張って尋ねてみたい、きょう漱石忌である。
众所周知,漱石放弃了东京帝国大学讲师的职务,哀叹道,“大学教书匠也是一种营生”,“大学是个可以耍耍威风的地方,尽管也必须忍受薪水少的不足。”在此少子化的时代,最高学府该如何开设?真想往那三途川拉一根电话线,问问大师有何高见。今天是漱石辞世纪念日。