すると、彼の背後の本棚の脇には已(すで)に一山の白菜置場が出現している。下層は三株、真中が二株、上が一株で、彼に向ってはなはだ大きなA字を畳み上げている。
「ああ!」
彼は驚きの歎息を発した。それと同時に顔が熱くなって、脊骨をたくさんの針にでも刺されるように感じた。「ウウウ……」と彼は永い息を吐いて、脊骨の針を除こうと思いながら、それでも考え続けるのだった。「幸福な家庭」の部屋は広いし、それに物置もあることだろうから、白菜みたいな物はそっちの方にやっておくさ。主人公の書斎は別に一間あって、壁は一面の書棚で埋っているから、その附近にはもちろん、白菜なぞは積んで置かれはしない。書棚には支那の書物、外国の書物、例の『理想の良人(おっと)』もある訳(わけ)だな。――上下二冊揃だ。寝室がまた一間あって、真鍮のベッドかな。それとも質素を旨として第一監獄工場で作った楡の木のベッドでもいいが。ベッドの下は非常に清潔だ……」
彼は自分のベッドの下に眼を呉れると、薪はもう使い切らして、縄が一本、死んだ蛇のように物憂く横たわっている。
就在他背后的书架的旁边,已经出现了一座白菜堆,下层三株,中层两株,顶上一株,向他叠成一个很大的A字。
“唉唉!”他吃惊的叹息,同时觉得脸上骤然发热了,脊梁上还有许多针轻轻的刺着。“吁……。”他很长的嘘一口气,先斥退了脊梁上的针,仍然想,“幸福的家庭的房子要宽绰。有一间堆积房,白菜之类都到那边去。主人的书房另一间,靠壁满排着书架,那旁边自然决没有什么白菜堆;架上满是中国书,外国书,《理想之良人》自然也在内,——一共有两部。卧室又一间;黄铜床,或者质朴点,第一监狱工场做的榆木床也就够,床底下很干净,……”他当即一瞥自己的床下,劈柴已经用完了,只有一条稻草绳,却还死蛇似的懒懒的躺着。
「二十三斤半……」
彼が薪がまもなくベッドの下に行水(ゆくみず)の流れは絶えず進んで来るのを予想すると頭の中がまたガサガサになって入口へ行って門を締めようと思った。しかし両手を門に掛けると、すぐに、これは少し気短かに過ぎると感じて、出しかけた手を引込め、埃のたくさん溜った布簾(カーテン)を放下(ほか)した。こういう風だと自己を守って閉じ籠るほどの強情もなく、また門戸を開放する不安もないのだから、これこそはなはだ「中庸の道」に合するものだと思ってもみた。
「……だから主人公の書斎のドアは、とこしえに締めておくものだ」
彼は席に戻って来て腰を下した。
「用事があって相談したいなら、まずドアをノックして、許可を得てから入って来る。この方法は実際いい。たとい主人公が自分の部屋に坐して主婦が来て文芸の話をするにもせよ、まず第一にドアがノックされねばならぬ。――こういう風なら安心していられる。彼女が白菜なぞを抱え込んで来るはずがないのだから
“二十三斤半,……”他觉得劈柴就要向床下“川流不息”的进来,头里面又有些桠桠叉叉了,便急忙起立,走向门口去想关门。但两手刚触着门,却又觉得未免太暴躁了,就歇了手,只放下那积着许多灰尘的门幕。他一面想,这既无闭关自守之操切,也没有开放门户之不安:是很合于“中庸之道”的。
“……所以主人的书房门永远是关起来的。”他走回来,坐下,想,“有事要商量先敲门,得了许可才能进来,这办法实在对。现在假如主人坐在自己的书房里,主妇来谈文艺了,也就先敲门。——这可以放心,她必不至于捧着白菜的。
『Come in, please my dear.』
しかしだ。主人公が文芸なぞを語っている閑がない時にはどうしたものだろう。いっそ放(ほ)ったらかしておくか。彼女が外に立って、いつまでもドンドン叩いていたら? そんなことはまずまず出来ないことだ。そういうことは、ひょっとすると、『理想の良人』の中に出ているかもしれない。あれはたしかにいい小説に違いない。今度原稿料が入ったら一冊買ってみてやろう……」
ピシャリ!
彼の腰ッ骨は、ピンとなった。と云うのもこれまでの経験で、このピシャリの音は、妻が三つになる女の子の頭をひっぱたく音だからだ。
“Come in,please,my dear.”
“然而主人没有工夫谈文艺的时候怎么办呢?那么,不理她,听她站在外面老是剥剥的敲?这大约不行罢。或者《理想之良人》里面都写着,——那恐怕确是一部好小说,我如果有了稿费,也得去买他一部来看看……。”
拍!
他腰骨笔直了,因为他根据经验,知道这一声“拍”是主妇的手掌打在他们的三岁的女儿的头上的声音。
「幸福な家庭……」彼は子供のしゃくり上げる声を聞きつけた。
彼はまだ腰をピンとさせたまま考えていた。
「子供は遅く出来るものは遅く出来るが、あるいはいっそない方がいいのかもしれない。二人でキレイさっぱりと――あるいはいっそ下宿住まいをする方がいいのかもしれない、あとは何もかもあいつ等に請負わせて、自分一人でキレイさっぱりと」
啜り泣きの声がますます大きくなってきたので、彼はまたも立上り、門幕(カーテン)を潜(くぐ)り出て、「マルクスは子供の泣声の中でも、資本論を書き上げたから彼は偉人である……」と、考えながら、外に出て風除けの戸を開けると、石油の匂いがぷんとした。子供は門の右辺に横たわって顔を地面(じべた)に向けていたが、彼の顔を見るとわっと泣き出した。
「おお、よしよし。泣くでないぞ泣くでないぞ。好い子だ」
と、彼は腰を曲げて女の子を抱いた。
彼が子供を抱いて行(ゆ)こうとすると、門の左の所には妻が立っていて、腰骨を真直ぐにして両手を腰に置き、怒気憤々(どきふんぷん)としてさながら体操の操練(そうれん)でも始めそうな勢(いきおい)。
「あなたまでもわたしを馬鹿にするんだね。人の仕事の手伝いもしないで、邪魔するだけだ。――その上、洋灯(ランプ)をひっくりかえしったら晩には何を点(つ)けるんです?……」
「おお、よしよし、泣くでないぞ泣くでないぞ」
彼は顫(ふる)え声を跡に残して子供を部屋に抱き入れ、頭を撫でて「好い子だ好い子だ」といいながら下へ卸し、椅子を引寄せて子供を両膝の間に置いて坐し、手を上げて言った。「泣くでないぞ、好い子だから、お父さんはね、猫が顔を洗うところを見せてやるぞ」と、彼は首を伸してペロリと舌を出し、手の掌(ひら)を離して二度ばかり空(くう)を舐めて、その手で自分の顔の上に円を描いてみせた。
“幸福的家庭,……”他听到孩子的呜咽了,但还是腰骨笔直的想,“孩子是生得迟的,生得迟。或者不如没有,两个人干干净净。——或者不如住在客店里,什么都包给他们,一个人干干……”他听得呜咽声高了起来,也就站了起来,钻过门幕,想着,“马克思在儿女的啼哭声中还会做《资本论》,所以他是伟人,……”走出外间,开了风门,闻得一阵煤油气。孩子就躺倒在门的右边,脸向着地,一见他,便“哇”的哭出来了。
“阿阿,好好,莫哭莫哭,我的好孩子。”他弯下腰去抱她。于是放下她,拖开椅子,坐下去,使她站在两膝的中间,擎起手来道,“莫哭了呵,好孩子。爹爹做‘猫洗脸’给你看。”他同时伸长颈子,伸出舌头,远远的对着手掌舔了两舔,就用这手掌向了自己的脸上画圆圈。
「あ、ははは、乞食」
子供はすぐに笑い出した。
「そうそう、乞食だ」
彼はまたしてもいくつも円を描いてようやく手を休めてみると、子供はにこにこ笑いながら、涙に濡れている眼で彼を見ている。何んと云う可愛らしい、天真な顔だろうと彼は思った。ちょうど五年ばかり前、この子の母親の脣(くちびる)がこんなに真紅(まっか)だったが、これはその縮少(しゅくしょう)だと思えばいいだろう。あの時は晴れ渡った冬の日で、彼女は、俺がどんな障害にも反抗し、彼女のためであったなら甘んじて犠牲になると云うのを聴いて、この通りに莞爾(にっこ)と笑いながら、涙で一杯になった眼で俺を見たのではなかったか。彼はぼんやりして、そこに坐ったまま、少しは醉(え)い心地になった。
「ああ、可愛い脣……」
と、彼は思いに耽