蝶(ちょう)を花に、花を蝶に見立てる趣向は国を問わないようだ。フランスの詩人ネルヴァルは蝶を「ひらひらとぶ、茎のない花」と表した。俳諧の始祖とされる室町後期の荒木田守武は〈落花枝にかへると見れば胡蝶(こちょう)かな〉と詠んでいる。散る桜が枝に帰ると思ったら、おや、蝶でしたと
似乎不论哪个国家都有将蝴蝶比作花、花比作蝴蝶的情结。法国诗人内尔瓦尔将蝴蝶写成“翩翩起舞、没有茎干的花儿”。室町后期的荒木田守武被公认为俳谐的鼻祖,有诗云:“轻回落花枝头上,定睛一看是蝴蝶。”意思是还奇怪怎么飘落的樱花又会到枝头,仔细一看,原来是蝴蝶。
▼いまの季節なら、蝶を思わせる花はガクアジサイだろうか。小花が集まって咲く縁(ふち)を、蝶が舞うように装飾花が取り囲む。見事な咲きぶりの数株が近所の公園にあって、雨下、青や白の「蝶」が群れ飛ぶさまが目に鮮やかだ
▼现在的季节里,能让人想起蝴蝶的花大概要属额紫阳花了。小花团聚开放的边缘就像蝴蝶飞舞一样环绕,起到了装饰的作用。附近的公园里栽有几株,开的很繁盛。一到雨天,或蓝或白的“蝴蝶”就成群飘舞,令人眼花缭乱。
▼本物の蝶も負けてはいない。拙宅の鉢植えミカンには、今年も柚子坊(ゆずぼう)がお出ましだ。アゲハチョウの幼虫の芋虫をそう呼ぶ。枝はだいぶ裸にされたが、もう3匹ほどが飛びたった。アゲハには梅雨の晴れ間がよく似合う
▼真正的蝴蝶也不甘示弱。寒舍的盆栽橘树上,今年也有被称为柚子坊的蝴蝶幼虫出场了。人们如此来称呼凤蝶幼虫。尽管大部分枝头上都已被啃的光秃秃的了,可是居然已经有3只飞走了。凤蝶与梅雨季节中的短暂晴天还是很般配的。
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