むかしむかし、藤兵衛(ふじへいえい)という、お百姓(ひゃくしょう)がすんでいました。
この藤兵衛どん、働いても働いてもくらしはらくにならずに、ふえるのは子どもばかりです。
そのうち、とうとう働く気もなくなってしまいました。
ある年の冬、藤兵衛どんの家では、子どもたちに食べさせるものが、なにもありません。
「おっかあ、はらへったよう」
「おらもだ、かゆはねえだか」
「はらへって、ねむれねえだ」
子どもたちに口々にねだられても、藤兵衛どんにはどうすることもできません。
「みんな、よく聞いてくれ」
藤兵衛どんは、子どもたちをあつめて、悲しそうな顔でこんなことをいいました。
「いままで苦労して、いっしょうけんめい働いてきたが、くらしはいっこうにらくにならん。この冬がこせるかどうかもわからん。そこで、おっかあとも相談したんじゃが、この土地をすててどこかよそにいってくらすことに決めたんじゃ」
「それじゃ、おっとう、夜逃げか?」
「ま、そういうことじゃな、すまねえな。いま出ていくと人目につくで、明日の朝早うに出でいこうと思っとる」
その夜、藤兵衛一家は、なべやかまをふろしきにつつむと、まくらもとにおいてねました。
ところが、夜中に便所にいこうとした藤兵衛は、なやでなにかゴソゴソとやっている、見知らぬ男に気がつきました。
「おまえはだれじゃ?」
「おや、まだ起きとったかね? わしゃ、貧乏神(びんぼうがみ)じゃ」
「び、貧乏神じゃと?」
「そうじゃあ、長いことこの家にいさせてもろうた」
「そ、それで、こんなところでなにをなさっている?」
「この家の者が、明日の朝早くに、ここからにげだすっちゅうんで、わしもいっしょに出かけようと思ってのう。ほんで、こうしてわらじをあんどったんじゃあ」
と、貧乏神は、あみかけのわらじを見せました。
「それじゃ、この家から出ていくというのか?」
「そうじゃあ。またつぎのところでも、仲良うしてくだっせえ」
「なんじゃあ、それじゃあ、わしらについてくるちゅうだか?」
「そういうことじゃ」
藤兵衛は、あわてて家にかけもどると、かみさんを起こしました。
「た、たいへんじゃあ。起きろ!」
夜中にたたき起こされたおかみさん。ねむい目をこすりながら。
「どうしたね、なにをねぼけておる」
「び、貧乏神じゃ。う、うちのなやに貧乏神がおる」
「貧乏神が? それでうちは、いつになってもくらしむきがようならんかったんか」
「うん、うん。そうじゃな」
「でも、いいでねえか。おらたちはこの家を出ていくんだから。貧乏神さまだけのこってもらえば、おらたちはこれかららくになるでねえか」
「それがちがうんじゃ! わしらについてくるっちゅうだ!」
「えっー! ほんなら、おらたち夜にげしても、なんもならんでねえか」
「そういうことじゃなあ」
二人はガッカリです。
家を出ていく元気もなくなってしまいました。
そして、夜が明けました。
貧乏神はこしにわらじをつけ、出発の用意をして藤兵衛どんたちを待っていましたが、いつになっても出てきません。
「おそいなあ。もう、日ものぼるというのに、どうしたんかいなあ。たしかに、けさ、にげだすちゅうことじゃったが。もしや、あすじゃったかのう? まあ、ええわい。わらじはよけいあるほうがええわ」
貧乏神は、またなやに入って、せっせとわらじをあみだしました。
一日がすぎて、一日、また一日と、日がたちましたが、藤兵衛どんは、いっこうに家を出ていくようすがありません。
貧乏神は、毎日わらじをあみつづけていましたが、そのうちに、わらじ作りがおもしろくなってきて、いつのまにやら、のきさきには、わらじがドッサリとたまってしまいました。
こうなると、人目につきます。
そのうち、わらじをわけてくれと、村の人がくるようになりました。
貧乏神は気前よく、
「さあ、どれでもすきなのを持っていきなされ」
「すまんのう。ありがとよ」
「ありがたいこっちゃあ」
村の人はつぎつぎにやってきて、大よろこびでわらじを持って帰ります。
それを見ていた藤兵衛どんは、いいことを思いつきました。
「おお、そうじゃ。あのわらじを売ればいいんじゃ」
さっそく藤兵衛どんは、貧乏神のあんだわらじを持って、村へ町へと売り歩きます。
「さあ、安いよ、安いよ。じょうぶなわらじだよ」
わらじは、どこへいってもとぶように売れ、たちまちなくなってしまいました。
だけど、くらしむきはすこしもよくなりません。
「やっぱり貧乏神がいては、貧乏からぬけだせんなあ。こうなったら、貧乏神さまに出ていってもらうだ」
そこで藤兵衛どんは、わらじを売ったのこりの金で、ありったけの酒やごちそうを用意して、貧乏神をもてなしました。
「貧乏神さま、きょうはゆっくりやすんでくだされ。さあ、えんりょのう食べて、飲んでくだされ」
「これはこれは、たいへんなごちそうじゃなあ」
「貧乏神さまには、いつも苦労してもろうておるで」
おかみさんも、貧乏神におしゃくをしながらいいました。
「そうじゃ、わらじをあんでくださるで、このごろはたいそうくらしもらくになったでなあ」
「さあ、きょうはいっしょにいわってくだされ」
「そうかそうか。それじゃ、よろこんでいただくとしようか」
貧乏神はすすめられるままに、食べたり飲んだり。
「いや~、すっかりごちそうになってしもうて。だけど、こげんくらしむきがよくなっては、わしゃもう、この家にはおれん」
貧乏神は、そういうと家から出ていきました。
二人は顔を見合わせて、大よろこびです。
「出ていった。出ていったぞ! わしらも、これでやっとらくになれるぞ」
「よかった、よかった」
こうして、藤兵衛どんとおかみさんは、安心してグッスリねむりました。
ところが、いつものように夜中に便所にいった藤兵衛どんはビックリ。
出ていったはずの貧乏神が、いるのです。
「ま、まだ、いたのか!」
貧乏神は藤兵衛どんを見てニッコリ。
「ここが一番、すみやすいのでな」
しつこい貧乏神に、藤兵衛どんはすっかり力をなくして、その場にへたりこんでしまいました。
それからも貧乏神は、藤兵衛どんの家でわらじ作りにせいを出しいるということです。