老栓は歩いて我家(わがや)に来た。店の支度はもうちゃんと出来ていた。茶卓は一つ一つ拭き込んで、てらてらに光っていたが、客はまだ一人も見えなかった。小栓は店の隅の卓子(テーブル)に向って飯を食っていた。見ると額(ひたい)の上から大粒の汗がころげ落ち、左右の肩骨が近頃めっきり高くなって、背中にピタリとついている夾襖(あわせ)の上に、八字の皺が浮紋(うきもん)のように飛び出していた。老栓はのびていた眉宇(まゆがしら)を思わず顰(しか)めた。華大媽は竈(かまど)の下から出て来て脣を顫わせながら
「取れましたか」
ときいた。
「取れたよ」
と老栓は答えた。
老栓走到家,店面早经收拾干净,一排一排的茶桌,滑溜溜的发光。但是没有客人;只有小栓坐在里排的桌前吃饭,大粒的汗,从额上滚下,夹袄也帖住了脊心,两块肩胛骨高高凸出,印成一个阳文的“八”字。老栓见这样子,不免皱一皱展开的眉心。他的女人,从灶下急急走出,睁着眼睛,嘴唇有些发抖。
“得了么?”
“得了。”
二人は一緒に竈の下へ行って何か相談したが、まもなく華大媽は外へ出て一枚の蓮の葉を持ってかえり卓(テーブル)の上に置いた。老栓は提灯の中から赤い饅頭を出して蓮の葉に包んだ。
飯を済まして小栓は立上ると華大媽は慌てて声を掛け
「小栓や、お前はそこに坐(すわ)っておいで。こっちへ来ちゃいけないよ」
と吩咐(いいつ)けながら竈の火を按排した。その側(そば)で老栓は一つの青い包(つつみ)と、一つの紅白の破れ提灯を一緒にして竈の中に突込むと、赤黒い(ほのお)が渦を巻き起し、一種異様な薫りが店の方へ流れ出した。
「いい匂いだね。お前達は何を食べているんだえ。朝ッぱらから」
駝背(せむし)の五少爺(ごだんな)が言った。この男は毎日ここの茶館に来て日を暮し、一番早く来て一番遅く帰るのだが、この時ちょうど店の前へ立ち往来に面した壁際のいつもの席に腰をおろした。彼は答うる人がないので
「炒り米のお粥かね」
と訊き返してみたが、それでも返辞がない。
老栓はいそいそ出て来て、彼にお茶を出した。
两个人一齐走进灶下,商量了一会;华大妈便出去了,不多时,拿着一片老荷叶回来,摊在桌上。老栓也打开灯笼罩,用荷叶重新包了那红的馒头。小栓也吃完饭,他的母亲慌忙说:“小栓--你坐着,不要到这里来。”一面整顿了灶火,老栓便把一个碧绿的包,一个红红白白的破灯笼,一同塞在灶里;一阵红黑的火焰过去时,店屋里散满了一种奇怪的香味。
“好香!你们吃什么点心呀?”这是驼背五少爷到了。这人每天总在茶馆里过日,来得最早,去得最迟,此时恰恰蹩到临街的壁角的桌边,便坐下问话,然而没有人答应他。“炒米粥么?”仍然没有人应。老栓匆匆走出,给他泡上茶。
「小栓、こっちへおいで」
と華大媽は倅を喚(よ)び込んだ。奥の間のまんなかには細長い腰掛が一つ置いてあった。小栓はそこへ来て腰を掛けると母親は真黒(まっくろ)な円いものを皿の上へ載せて出した。
「さあお食べ――これを食べると病気がなおるよ」
この黒い物を撮み上げた小栓はしばらく眺めている中(うち)に自分の命を持って来たような、いうにいわれぬ奇怪な感じがして、恐る恐る二つに割ってみると、黒焦げの皮の中から白い湯気(ゆげ)が立ち、湯気が散ってしまうと、半分ずつの白い饅頭に違いなかった。――それがいつのまにか、残らず肚(はら)の中に入ってしまって、どんな味がしたのだがまるきり忘れていると、眼の前にただ一枚の空皿(あきざら)が残っているだけで彼の側(そば)には父親と母親が立っていた。二人の眼付(めつき)は皆一様に、彼の身体に何物かを注(つ)ぎ込み、彼の身体から何物かを取出そうとするらしい。そう思うと抑え難き胸騒ぎがしてまた一しきり咳嗽込んだ。
「横になって休んで御覧。――そうすれば好くなります」
小栓は母親の言葉に従って咳嗽|入(い)りながら睡った。
華大媽は彼の咳嗽の静まるのを待って、ツギハギの夜具をそのうえに掛けた。
“小栓进来罢!”华大妈叫小栓进了里面的屋子,中间放好一条凳,小栓坐了。他的母亲端过一碟乌黑的圆东西,轻轻说:
“吃下去罢,--病便好了”。
小栓撮起这黑东西,看了一会,似乎拿着自己的性命一般,心里说不出的奇怪。十分小心的拗开了,焦皮里面窜出一道白气,白气散了,是两半个白面的馒头。--不多工夫,已经全在肚里了,却全忘了什么味;面前只剩下一张空盘。他的旁边,一面立着他的父亲,一面立着他的母亲,两人的眼光,都仿佛要在他身上注进什么又要取出什么似的;便禁不住心跳起来,按着胸膛,又是一阵咳嗽。
“睡一会罢,--便好了”。
小栓依他母亲的话,咳着睡了。华大妈候他喘气平静,才轻轻的给他盖上了满幅补钉的夹被。