三
店の中には大勢の客が坐っていた。老栓は忙しそうに大薬鑵(おおやかん)を提げて一さし、一さし、銘々のお茶を注(つ)いで歩いた。彼の両方の(まぶた)は黒い輪に囲まれていた。
「老栓、きょうはサッパリ元気がないね。病気なのかえ」
と胡麻塩ひげの男がきいた。
「いいえ」
「いいえ? そうだろう。にこにこしているからな。いつもとは違う」
胡麻塩ひげは自分で自分の言葉を取消した。
店里坐着许多人,老栓也忙了,提着大铜壶,一趟一趟的给客人冲茶;两个眼眶,都围着一圈黑线。
“老栓,你有些不舒服么?--你生病么?”一个花白胡子的人说。
“没有。”
“没有?--我想笑嘻嘻的,原也不像……”花白胡子便取消了自己的话。
「老栓は急がしいのだよ。倅のためにね……」
駝背の五少爺がもっと何か言おうとした時、顔じゅう瘤(こぶ)だらけの男がいきなり入って来た。真黒(まっくろ)の木綿著物――胸の釦を脱(はず)して幅広の黒帯をだらしなく腰のまわりに括(くく)りつけ、入口へ来るとすぐに老栓に向ってどなった。
「食べたかね。好くなったかね。老栓、お前は運気がいい」
老栓は片ッ方の手を薬鑵に掛け、片ッぽの手を恭々(うやうや)しく前に垂れて聴いていた。華大媽もまた眼のふちを黒くしていたが、この時にこにこして茶碗と茶の葉を持って来て、茶碗の中に橄欖(かんらん)の実を撮み込んだ。老栓はすぐにその中に湯をさした。
“老栓只是忙。要是他的儿子……”驼背五少爷话还未完,突然闯进了一个满脸横肉的人,披一件玄色布衫,散着纽扣,用很宽的玄色腰带,胡乱捆在腰间。刚进门,便对老栓嚷道:
“吃了么?好了么?老栓,就是运气了你!你运气,要不是我信息灵……”
老栓一手提了茶壶,一手恭恭敬敬的垂着;笑嘻嘻的听。满座的人,也都恭恭敬敬的听。华大妈也黑着眼眶,笑嘻嘻的送出茶碗茶叶来,加上一个橄榄,老栓便去冲了水。
「あの包(パオ)は上等だ、ほかのものとは違う。ねえそうだろう。熱いうちに持って来て、熱いうちに食べたからな」
と瘤の男は大きな声を出した。
「本当にねえ、康(こう)おじさんのお蔭で旨く行きましたよ」
華大媽はしんから嬉しそうにお礼を述べた。
「いい包(パオ)だ。全くいい包(パオ)だ。ああいう熱い奴を食べれば、ああいう血饅頭はどんな癆症(ろうしょう)にもきく」
華大媽は「癆症」といわれて少し顔色を変え、いくらか不快であるらしかったが、すぐにまた笑い出した。そうとは知らず康おじさんは破(わ)れ鐘(がね)のような声を出して喋りつづけた。あまり声が大きいので奥に寝ていた小栓は眼を覚ましてさかんに咳嗽はじめた。
“这是包好!这是与众不同的。你想,趁热的拿来,趁热的吃下。”横肉的人只是嚷。
“真的呢,要没有康大叔照顾,怎么会这样……”华大妈也很感激的谢他。
“包好,包好!这样的趁热吃下。这样的人血馒头,什么痨病都包好!”
华大妈听到“痨病”这两个字,变了一点脸色,似乎有些不高兴;但又立刻堆上笑,搭讪着走开了。这康大叔却没有觉察,仍然提高了喉咙只是嚷,嚷得里面睡着的小栓也合伙咳嗽起来。
「お前の家(うち)の小栓が、こういう運気に当ってみれば、あの病気はきっと全快するにちがいない、道理で老栓はきょうはにこにこしているぜ」
と胡麻塩ひげは言った。彼は康おじさんの前に言って小声になって訊いた。
「康おじさん、きょう死刑になった人は夏家(かけ)の息子だそうだが、誰の生んだ子だえ。一体なにをしたのだえ」
「誰って、きまってまさ。夏四(かしナイナイ)の子さ。あの餓鬼め」
康おじさんはみんなが耳朶(みみたぶ)を引立てているのを見て、大(おおい)に得意になって瘤の塊(かたまり)がハチ切れそうな声を出した。
「あの小わッぱめ。命が惜しくねえのだ。命が惜しくねえのはどうでもいいが、乃公(おれ)は今度ちっともいいことはねえ。正直のところ、引ッ剥(ぺ)がした著物まで、赤眼の阿義(あぎ)にやってしまった。まあそれも仕方がねえや。第一は栓じいさんの運気を取逃がさねえためだ。第二は夏三爺(かだんな)から出る二十五両の雪白々々(シュパシュパ)の銀をそっくり乃公(おれ)の巾著(きんちゃく)の中に納めて一文もつかわねえ算段だ」
“原来你家小栓碰到了这样的好运气了。这病自然一定全好;怪不得老栓整天的笑着呢。”花白胡子一面说,一面走到康大叔面前,低声下气的问道,“康大叔--听说今天结果的一个犯人,便是夏家的孩子,那是谁的孩子?究竟是什么事?”
“谁的?不就是夏四奶奶的儿子么?那个小家伙!”康大叔见众人都耸起耳朵听他,便格外高兴,横肉块块饱绽,越发大声说,“这小东西不要命,不要就是了。我可是这一回一点没有得到好处;连剥下来的衣服,都给管牢的红眼睛阿义拿去了。--第一要算我们栓叔运气;第二是夏三爷赏了二十五两雪白的银子,独自落腰包,一文不花。”
小栓はしずしずと小部屋の中から歩き出し、両手を以て胸を抑(おさ)えてみたが、なかなか咳嗽がとまりそうもない。そこで竈の下へ行ってお碗に冷飯(ひやめし)を盛り、熱い湯をかけて喫(た)べた。
華大媽はそばへ来てこっそり訊ねた。
「小栓、少しは楽になったかえ。やッぱりお腹(なか)が空くのかえ」
「いい包(パオ)だ。いい包(パオ)だ」
と康おじさんは小栓をちらりと見て、皆(みな)の方に顔を向け
「夏三爺はすばしッこいね。もし前に訴え出がなければ今頃はどんな風になるのだろう。一家一門は皆殺されているぜ。お金!――あの小わッぱめ。本当に大それた奴だ。牢に入れられても監守に向ってやっぱり謀叛(むほん)を勧めていやがる」
「おやおや、そんなことまでもしたのかね」
後ろの方の座席にいた二十(にじゅう)余りの男は憤慨の色を現わした。
小栓慢慢的从小屋子里走出,两手按了胸口,不住的咳嗽;走到灶下,盛出一碗冷饭,泡上热水,坐下便吃。华大妈跟着他走,轻轻的问道,“小栓,你好些么?--你仍旧只是肚饿?……”
“包好,包好!”康大叔瞥了小栓一眼,仍然回过脸,对众人说,“夏三爷真是乖角儿,要是他不先告官,连他满门抄斩。现在怎样?银子!--这小东西也真不成东西!关在牢里,还要劝牢头造反。”
“阿呀,那还了得。”坐在后排的一个二十多岁的人,很现出气愤模样。
「まあ聴きなさい。赤眼の阿義が訊問にゆくとね。あいつはいい気になって釣り込もうとしやがる。あいつの話では、この大清(だいしん)の天下はわれわれの物、すなわち皆(みな)の物だというのだ。ねえ君、これが人間の言葉と思えるかね。赤眼はあいつの家にたった一人のお袋がいることを前から承知している。そりゃ困っているにはちがいないが、搾り出しても一滴の油が出ないので腹を欠いているところへ、あいつが虎の頭を掻いたから堪らない。たちまちポカポカと二つほど頂戴したぜ」
「義哥(あにき)は棒使いの名人だ。二つも食ったら参っちまうぜ」
壁際の駝背がハシャギ出した。
「ところがあの馬の骨め、打たれても平気で、可憐(かわい)そうだ。可憐(かわい)そうだ、と抜かしやがるんだ」
「あんな奴を打ったって、可憐(かわい)そうも糞もあるもんか」
胡麻塩ひげは言った。
康おじさんは彼の穿(は)きちがえを冷笑した。
「お前さんは乃公(おれ)の話がよく分らないと見えるな。あいつの様子を見ると、可憐(かわい)そうというのは阿義のことだ」
“你要晓得红眼睛阿义是去盘盘底细的,他却和他攀谈了。他说:这大清的天下是我们大家的。你想:这是人话么?红眼睛原知道他家里只有一个老娘,可是没有料到他竟会这么穷,榨不出一点油水,已经气破肚皮了。他还要老虎头上搔痒,<