何小仙は皆まで言わずに目を閉じたので、單四嫂子はその上きくのも羞(はずか)しくなった。その時何小仙の向う側に坐していた三十余りの男が一枚の処方箋を書き終り、紙の上の字を一々指して説明した。
「この最初に書いてある保嬰活命丸(ほえいかつめいがん)は賈家濟世老店(こかさいせいろうてん)より外にはありません」
單四嫂子は処方箋を受取って歩きながら考えた。彼女は感じの鈍い女ではあるが、何家と濟世老店と自分の家は、ちょうど三角点に当っているのを知っていたので、薬を買ってから家(うち)へ帰るのが順序だと思った。そこですぐに濟世老店の方へ向って歩き出した。
老店の番頭もまた爪先を長く伸ばしている人で、悠々と処方箋を眺め悠々と薬を包んだ。單四嫂子は寶兒を抱いて待っていると、寶兒はたちまち小さな手を伸ばして、彼女の髪の毛を攫(つか)み夢中になって引張った。これは今まで見たことのない挙動だから、單四嫂子はそら恐ろしく感じた。
何小仙说了半句话,便闭上眼睛;单四嫂子也不好意思再问。在何小仙对面坐着的一个三十多岁的人,此时已经开好一张药方,指着纸角上的几个字说道:
“这第一味保婴活命丸,须是贾家济世老店才有!”
单四嫂子接过药方,一面走,一面想。他虽是粗笨女人,却知道何家与济世老店与自己的家,正是一个三角点;自然是买了药回去便宜了。于是又径向济世老店奔过去。店伙也翘了长指甲慢慢的看方,慢慢的包药。单四嫂子抱了宝儿等着;宝儿忽然擎起小手来,用力拔他散乱着的一绺头发,这是从来没有的举动,单四嫂子怕得发怔。
日はまんまると屋根の上に出ていた。單四嫂子は薬包(くすりづつみ)と子供を抱えて歩き出した。寶兒は絶えず藻掻いているので、路は果てしもなく長く、行けば行くほど重味を感じ、しようことなしに、とある門前の石段の上に腰を卸すと、身内からにじみ出た汗のために著物(きもの)が冷(ひや)りと肌に触った。一休みして寶兒が睡りについたのを見て歩き出すと、また支え切れなくなった。するとたちまち耳元で人声(ひとごえ)がした。
「單四|嫂子(あねえ)、子供を抱いてやろうか」
藍皮阿五の声によく似ていた。ふりかえってみると、果して藍皮が寝不足の眼を擦りながら後ろから跟(つ)いて来た。
太阳早出了。单四嫂子抱了孩子,带着药包,越走觉得越重;孩子又不住的挣扎,路也觉得越长。没奈何坐在路旁一家公馆的门槛上,休息了一会,衣服渐渐的冰着肌肤,才知道自己出了一身汗;宝儿却仿佛睡着了。他再起来慢慢地走,仍然支撑不得,耳朵边忽然听得人说:
“单四嫂子,我替你抱勃罗!”似乎是蓝皮阿五的声音。
他抬头看时,正是蓝皮阿五,睡眼朦胧的跟着他走。
こういう時に天将の一人が降臨して一|臂(ぴ)の力を添える事が、彼女の希望であったのだろうが、今頼みもしないで出て来たのがこの阿五将だ。しかし阿五には一片の侠気があって、無論どうあっても世話しないではいられないのだ。だからしばらく押問答の末、遂に許されて、阿五は彼女の乳房と子供の間に臂(ひじ)を挿入(さしい)れ、子供を抱き取った。一刹那、乳房の上が温(あたた)く感じて彼女の顔が真赤にほてった。二人は二尺五寸ほど離れて歩き出した。阿五は何か話しかけたが單四嫂子は大半答えなかった。しばらく歩いたあとで阿五は子供を返し、昨日友達と約束した会食の時刻が来たことを告げた。單四嫂子が子供を受取ると、そこは我家の真近で、向うの家の王九媽(おうきゅうま)が道端の縁台に腰掛けて遠くの方から話しかけた。
单四嫂子在这时候,虽然很希望降下一员天将,助他一臂之力,却不愿是阿五。但阿五有些侠气,无论如何,总是偏要帮忙,所以推让了一会,终于得了许可了。 他便伸开臂膊,从单四嫂子的乳房和孩子之间,直伸下去,抱去了孩子。单四嫂子便觉乳房上发了一条热,刹时间直热到脸上和耳根。
他们两人离开了二尺五寸多地,一同走着。阿五说些话,单四嫂子却大半没有答。走了不多时候,阿五又将孩子还给他,说是昨天与朋友约定的吃饭时候到了;单四嫂子便接了孩子。幸而不远便是家,早看见对门的王九妈在街边坐着,远远地说话:
「單四|嫂子(あねえ)、寶兒はどんな工合だえ、先生に見てもらったかえ」
「見てもらいましたがね、王九媽、貴女は年をとってるから眼が肥えてる。いっそ貴女のお眼鑑(めがね)で見ていただきましょう。どうでしょうね、この子は」
「ウン……」
「どうでしょうね、この子は」
「ウン……」
王九媽はいずまいをなおしてじっと眺め、首を二つばかり前に振って、また二つばかり横に振った。
“单四嫂子,孩子怎了?——看过先生了么?”
“看是看了。——王九妈,你有年纪,见的多,不如请你老法眼看一看,怎样……”
“唔……”
“怎样……?”
“唔……”王九妈端详了一番,把头点了两点,摇了两摇。
家(うち)へ帰ってようやく薬を飲ませると、十二時もすでに過ぎていた。單四嫂子は気をつけて様子を見た。いくらか楽になったらしいが、午後になってたちまち眼を開き
「媽(マ)……」
と一声言ったまま元のように眼を閉じた。睡ってしまったのだろう。しばらく睡ると、額や鼻先から玉のような汗が一粒々々にじみ出たので、彼女はこわごわさわってみると、膠(にかわ)のような水が指先に粘りつき、あわてて小さな胸元でなでおろしたが何の響もない。彼女はこらえ切れず泣き出した。
寶兒は息の平穏から無に変じた。單四嫂子の声は泣声から叫びに変じた。この時近処の人が大勢集(あつま)って来た。門内には王九媽と藍皮阿五の類(るい)、門外には咸亨の番頭さんやら、赤鼻の老拱やらであった。王九媽は單四嫂子のためにいろいろ指図をして、一串(ひとさし)の紙銭を焼き、また腰掛二つ、著物五枚を抵当(かた)にして銀二円借りて来て、世話人に出す御飯の支度をした。
宝儿吃下药,已经是午后了。单四嫂子留心看他神情,似乎仿佛平稳了不少;到得下午,忽然睁开眼叫一声“妈!”又仍然合上眼,像是睡去了。他睡了一刻,额上鼻尖都沁出一粒一粒的汗珠,单四嫂子轻轻一摸,胶水般粘着手;慌忙去摸胸口,便禁不住呜咽起来。
宝儿的呼吸从平稳到没有,单四嫂子的声音也就从呜咽变成号啕。这时聚集了几堆人:门内是王九妈蓝皮阿五之类,门外是咸亨的掌柜和红鼻老拱之类。王九妈便发命令,烧了一串纸钱;又将两条板凳和五件衣服作抵,替单四嫂子借了两块洋钱,给帮忙的人备饭。