白夜行 第一話
=2005年 12月24日=
クリスマスのイルミネーションが輝く夜の街。
美しく着飾った唐沢雪穂(綾瀬はるか)は店(R&Y)に来てくれた
客を見送っていた。
太陽をモチーフにした店のロゴ。
雪穂の薬指には、店のロゴと同じ形のリング。
その上に雪が舞い落ちる。
ふと、振り返る雪穂。
歩道橋の上から男(武田鉄也)が何か叫んでいる。
「亮・・・。」と呟く雪穂。
歩道橋の下にサンタクロースの服を着た男が倒れている。
桐原亮司(山田孝之)。
その胸元には外国製のハサミが刺さっていた。
「俺たちの上に、太陽などなかった。
いつも夜。
だけど、暗くはなかった。
太陽に代わるものがあったから。」
「夜を・・・昼だと思って、生きることが出来た。
明るくはないけれど、歩いていくには、充分だった。」
「あなたは・・・
あなたは俺の・・・太陽だった。
まがいものの太陽だった。
だけど、明日へと登ることを止めない。
俺のたった一つの希望だった。」
ぼんやりとした視界で雪穂を捉える亮司。
「亮・・・。」瞳に涙を浮かべて雪穂が呟く。
亮司が血に染まった手を雪穂に差し伸べる。
雪穂の足が少し動くが、踏み出すことが出来ない。
「雪・・・。行って・・・」
亮司は指を刺しながら、か細い声でそう呟き微笑む。
雪穂は微笑みながら頷き、そして血を流すサンタに背をむけて
歩き出していた。
「あなたは・・・
あなたは、私の太陽だった。
偽者の太陽だった。
だけど、その身を焦がし、道を照らす、
私の、たった一つの光だった。」
意識の遠のく中、雪穂の姿を微笑みながら見送る亮司。
雪の降る街を、泣きながら歩く雪穂。
「明るい・・・。明るいよ。亮。」
「それは、あの日から・・・。」
「14年前・・・
太陽を失った、あの日から・・・。」
「雪穂・・・」
空を見上げるように仰向けになった亮司の上に、雪が舞い降りる。
=1991年 秋=
バブルがはじけた為工事の途中でそのままになってしまったビルの現場を
遊び場にする子ども達。
亮司(泉澤祐希)は仲間とこのビルで競うレースで、一番早いタイムを
出すことが出来る少年だった。
秘訣を聞かれ、「急がば回れって言うじゃあーりませんか!」と答える亮司。
友達が塾へと急ぐ背中を見送り寂しそうな表情に。
その帰り道、亮司は川を見つめながら爪を噛む雪穂(福田麻由子)を見かける。
亮司の父・桐原洋介(平田満)は、質屋・きりはらを経営している。
その日亮司が家に帰ると、倉庫から母の笑い声が聞こえてくる。
そこへ父が帰宅する。
亮司は倉庫のドアをノックし、母親に父親の帰宅を知らせた。
その時母・弥生子(麻生祐未)は、店員の松浦(渡部篤郎)と一緒にいた。
二人は愛人関係にあったのだ。
「すっぱり離婚しちゃったほうがさ、亮ちゃんの教育上いいと思うけどね。」
と松浦。
「前科もちの店員と一緒になって、苦労だけしろって?」
服を着ながら弥生子が笑う。
「親の浮気の心配までして、亮ちゃんも大変だ。」
「浮気って誰がしてんの?」
弥生子はそう言い、松浦の指からタバコを奪い吸い始めた。
夕食の席で、洋介は、バブル経済の崩壊とともに質屋も変わっていくと話す。
「おまえが継ぐ頃にはどうなっているんだろうな。な、亮司。」
「その頃には潰れてるんじゃない、この店。
怪しい店員にのっとられたりして。」
亮司はそう言うが、洋平は松浦のことを信用しきっているようだ。
食卓にはお刺身にコロッケなど。家族3人揃っての食事。
妻や息子に仕事のことを語る一家の大黒柱。
一見、幸せそうな家族に見えますが・・・。
両親のことで心を痛める亮司。
彼の部屋の壁には帆船の切り絵が額に入れ飾られている。
机の上には、作りかけの帆船模型と、銀のハサミが置いてある。
家族幸せそうに映る写真を伏せ、亮司は百科事典を開いた。
雪穂は給食費から飲み屋に支払いを済ませると、泥酔した母・
西本文代(河合美智子)を抱えて家へと帰っていった。
「雪穂、母さんのことお荷物だと思ってんだろ?」
「暴れるなら捨てちゃうよ。」
厳しい表情でそう答える雪穂。
=大江図書館=
別の百科事典を借りる亮司。
「こんなのばかり借りて何してんの?」
司書・矢口真文(余貴美子)が聞く。
「え・・・覚えるの。」
「楽しい?」
「いいですよねー。悩みのない人は。」
奥のテーブルに座ろうとした亮司は、雪穂が爪を噛みながら単語帳を
読んでいるのに気づく。
ランドセルに貼ってある彼女の名前を確認し、亮司は同じ机に座り、
彼女の様子を伺った。
「あの・・・
西・・・」
話しかけようとするが、閉館の時間となってしまう。
「あ、待って!西本さん!」
慌てて雪穂の後をついていく亮司。
「西本さんって、大江南小なんだよね。
俺、北小。
もう英語始めてるの?すごいよねー。
でも最近みんな塾行ってるよね。
あ、もしかして日本語忘れちゃった?」
黙って先を歩いていた雪穂が立ち止まり、亮司に言う。
「うち、貧乏なの。
貧乏人が出世するには、勉強しかないと思わない?」
「そうなの?」
「もういい?」そう言い亮司の前から歩き出す雪穂。
「昨日はあそこで何してたの?何か川に落としちゃったの?」
「どぶに咲く花があるって聞いたから、探してただけ。
もういい?」そう言い雪穂は立ち去った。
「どぶ?」
=月見荘=
家の戸を開けた雪穂は、玄関に男物の靴、そしてテーブルに
『Hermony』のケーキの箱があることに、身体をこわばらせる。
逃げ出そうとする雪穂に母親が言う。
「雪穂・・・頼むよ。
母さん雪穂しか頼る人いないんだよ。
お願い。」
そう言い娘を部屋の中へ連れていく文代・・・。
家に帰った亮司は百科事典でどぶに咲く花を調べていた。
ビルの廃墟地にたたずむ雪穂を残し、誰かがビルを出ていった・・・。
=大江図書館=
「昨日言ってた、花のことなんだけど!」
亮司は雪穂に話しかけるが、雪穂は爪を噛み単語帳に視線を落としたまま
顔を上げることはなかった。
亮司は諦めて図書館を出ていく。
雪穂が橋の上を歩いていると、亮司が呼び止める。
無視して歩き続ける雪穂。
「ちょっと!見て!ここ!!」
そこには、白い花が浮かんでいた。
「うそ・・・。」と呟く雪穂。
「今の何!?何で花・・・」雪穂は亮司に駆け寄り、尋ねる。
「何でしょう!?」
水辺に、紙で作られた大きな白い花が浮かんでいる。
「言ってたのって、どぶじゃなくて、泥に咲く花のことだと思うんだよね。
蓮のこと。お釈迦様が座ってるやつ。
だから、どぶに咲く花は本当はないんだけど、
ないっていうのも、夢のない話じゃない?」
涙ぐむ雪穂。
「・・・あれ、怒って・・る?」
白い花が流されていく。
雪穂は川の中に入り白い花を追いかける。
亮司は雪穂を引きとめようと手を引っぱり、二人は転んで水浸しに。
「すごいよ!
すごかった!
すごいすごい綺麗だった。
私あんなの初めて見た。
こんなことってあるんだね。」
そう言い、川の中に座り込んだまま雪穂は泣き続けた。
川から上がった二人。
亮司は銀のハサミを器用に使いこなし、雪穂に雪の結晶を作ってあげた。
「はい。雪。・・・雪穂だから。」
「・・・あのさ、何で私に親切にしてくれんの?」
「ちょっと、僕と似ているような気がして。」
「どこが?」
「チャゲと飛鳥って、どっちがすき?」
「飛鳥。」
「そう・・。チャゲ的な悲しさには用がないか。」がっかりする亮司。
「タイムマシンがあったら、過去に行く?未来に行く?」今度は雪穂が聞く。
「過去!」
「そう・・・。」
「未来に行くのか。」またがっかりする亮司。
「後悔って嫌いなんだよね。」
「じゃあさ、嫌なことあると、暗記しない?」と亮司。
「する!」
「するよね!」
「暗記している間は余計なこと考えなくていいんだよね!」
「そう!そうなんだよ。
あー良かった。これも違ってたらどうしようかと思ったよ。」
「・・・でも、こんなこと喜んでいいのかな。
嫌なことばっかってことでしょ?」
「そっか。そうだよね。
ダメだなー、俺。」
「ねえ、あれ!」
雪穂が水面に映った月を指差す。
「あれ、花みたいに見えない?」
雪穂を見つめる亮司。
「お返し。ありがとう!」そう言い微笑む雪穂。
亮司は川の中へ入り
「すげー!月の花だー!」とはしゃいだ。
一生懸命共通点を探す二人が微笑ましかった。
でも、現実逃避のために暗記に没頭する二人が切ない。
亮司と雪穂は図書館で会うのを楽しみにするようになる。
雪穂のリクエストで、『風と共に去りぬ』の表紙の絵を
切り絵で作る亮司。
雪穂が嬉しそうに微笑む。
そんな二人の様子を見守る司書の谷口。
帰り道。
「大丈夫!一回だけ。お願い!」
雪穂にせがまれ、車道に押し出された亮司。
トラックがクラクションを鳴らす。
「ぼ、僕は死にましぇーん!」
「死にてーのか!」
トラックは亮司の脇を通り越していった。
その場に座り込む亮司を、雪穂がおかしそうに笑う。
雪穂の影響で、『風と共に去りぬ』1巻を借りる亮介。
「いきなりメロドラマ・・・。
若いっていいねー。」矢口が冷やかす。
帰り道。
老人が手をつないで歩く姿に、
「ああいうおじいさんとおばあさんって、いいよね。」
雪穂はそう呟いた。
「あのさ、冷え、冷え・・・
雪・・・見大福と苺大福、どっちが好き?」
手を繋ごうとするが言い出せない亮司。
雪穂は亮司の手を取り、俯いたまま答える。
「普通の、大福かな。」
手をつないで歩く二人。
「亮君。汗、すごいよ。」
「ごめん!ほんとごめん!」
慌てて自分のズボンで掌を拭く亮司。
雪穂に笑われ、亮司はむっとする。
「亮司。何やってんだ?」
声をかけてきたのは、松浦と一緒に店から出てきた亮司の父・洋介だった。
その姿に、雪穂は顔を隠す。
洋介が俯いた雪穂を見つめる。
「私、帰るね。」雪穂は逃げ出すようにその場から走り出した。
洋介の靴のアップ。
あの日雪穂の玄関にあったものと、同じものでしょうか?
・・・ということは・・・。
夕食時、洋介は亮司に言う。
「さっきの子と、二度と会うな。
あの子の母親は、店の客でな。
飲んだくれでタチが悪いんだ。」
「そんなこと別に。親に関係ないし。」
「いいから二度と会うな!!
嫌ならうちから出てけ!飯も食うな!!」
すごい剣幕で怒鳴りつける洋介。
食事を止めて部屋に行く亮司。
妻が不審そうに、どうしたの、と聞く。
「亮司の、ためなんだよ。」と呟くように言った。
「ハーモニーの人、桐原っていう名前だったんだね。」
雪穂が文代に言う。
「・・・知らないほうがいいと思ったんだよ。」
動揺しながら文代がそう答えた。
川に映る半月を見つめる亮司。
亮司が作ってくれた雪の結晶を見つめる雪穂。
亮司が図書館で待っていても、雪穂は姿を見せなかった。
「あれー。もう振られたの?」矢口がからかう。
南小学校の校門の前で雪穂を待つ亮司。
雪穂は亮司の前から走り出す。
「待って!待ってって!俺なんかした?
なんかしたなら、言って!」
黙ったままの雪穂。
「もしかして、俺の親が会うなとか、」
「触らないで!
気持ち悪いんだよ、亮君。
二度と近寄らないで!」
雪穂は亮司の手を振り払い、泣きながら走り去った。
アパートに戻った雪穂は、テーブルの上に置かれたケーキの箱に
凍りつく。
「お帰り。雪穂。これ食べたらさ、」
「嫌だ!私もう嫌だよ!」
家を飛び出そうとする雪穂を捕まえる文代。
「ほら、これ見て!
200万、貰ったんだよ。くれたんだよ!
これで、借金返せるんだから。もう終りだから、ね。」
「そんなことあるわけないじゃない!
どうせ私のこと売って、200万前借しただけでしょう!」
文代が雪穂を突き飛ばす。
「父さんが死んで、あんた抱えて、
母さんだって同じことやってきたんだよ!
何で、そんなわがままばっかり言うのよ!」
そう泣き叫ぶ文代。
「結論から言うと、手がぬめぬめしてたから嫌われたってこと?」
矢口が尋ねる。
「気持ち悪いから触るな、って、それしかないですよね・・・。」
「嘘だと思うけどなー、そんなの。
だってあの子、あんたと会ってから笑うようになったもん。」
「!・・・そうですか。」嬉しい気持ちを隠して冷静に答える亮司。
「ま、あんたもだけどね。」
矢口はそう言い、手紙を書いてみたらどうかとアドバイスする。
廃墟ビルの前で、ノートに手紙の下書きをする亮司。
『ゆきちゃん、ぼくのことを気持ち悪い・・・
あれは、手のひらのあせのことですか?』
必死に文章を考えていると、雨が降ってきた。
亮司は慌てて帰ろうとすると、母親に手を引かれて歩く雪穂の姿に気づく。
二人は、あの廃墟ビルへと姿を消した。
二人の後をつける亮司。
雪穂は無理やり、ある部屋に閉じ込められ、母親はビルから出ていった。
その戸に手をかける亮司。だがドアは開かない。
亮司はダクトを這って進んでいく。
雪穂は自ら服のボタンを外していく。
亮司がその部屋へたどり着くと、服を脱ぎ横たわる雪穂がいた。
男が彼女の裸を写真に収めていく。
その男は、亮司の父・洋介だった・・・。
洋介が振り返ると、そこに亮司が立っていた。
「何やってんの・・・。」
亮司の声に、雪穂は慌ててそばにあった布で身を隠す。
「なにこれ・・・。」
「これはな、亮司。違うんだ。」
布に包まり俯く雪穂の姿・・・。
雪穂の怒り、悲しみ、自分を拒絶した理由を知った亮司は、
涙をぽろぽろとこぼす。
「この子だって納得したことなんだ。
ほら、嫌がったりしてないだろう、別に。」そう弁解する父。
「たいしたことじゃないんだよ、この子にとっては。
金のためなら、」
その言葉に、亮司は父の胸に飛び込み・・・。
亮司の手が赤く染まっていく。
手には、あの銀のハサミが握り締められていた。
ハサミを握り締めたまま座り込み、震える亮司。
雪穂は爪を噛みながら、洋介が落としたカメラを拾い上げる。
「どうしよう・・・どうしよう・・・どうしよう・・・。
俺、お父さん・・・
俺、殺し、」
「殺したんじゃない!
亮君には悪いけど、私だって、殺してやりたいって思ってた。
何回も、頭の中で殺した。」
雪穂が亮司の手から凶器のハサミを受け取る。
そして愛らしく微笑み、続ける。
「だから、やったのは、私だよ。」
凶器を握り締め微笑む雪穂の瞳から涙がこぼれた。
換気口から抜け出した二人。
「あのさ、一つだけ約束してくれない?
亮君と私は、会った事もないし、話したこともない。
名前も知らない、全くの他人ってことに。」
穏やかに微笑みそう語る雪穂。
「何でそんなこと。」
「絶対その方がいいから。
必ず連絡するから。
信じて。」
雪穂はそう言い、指きりする。
二人が繋いだ小指が離れ・・・。
「おやすみ。」
雪穂の言葉に頷く亮司。
「この時の俺には、この奇妙な約束を問いただす
余裕などなかった。
ただ一秒でも早く、1メートルでも遠く、
この場から離れたかった。」
走り去る亮司の姿を見送ったあと、雪穂は血の付いた手で凶器を握り締めた。
「それが雪穂を置き去りにすることだとは、
思いもしなかったんだ。」
川に洋介のカメラを投げ捨てる雪穂。
血の付いたシャツを洗濯機の一番奥に隠し、必死に手洗いする亮介。
松浦が不審そうに様子を伺う。
「なあ、雪穂。
タイムマシンの話だけど、
俺やっぱり、過去に行くよ。
それであの日の俺に、逃げるなって言うよ。
そうすればきっと、あなたの道は、
もう少し、明るかったはずだから。」
道路に倒れたままの亮司に、雪が降り注いでいく。