かけがえのない人・・・
无可替代的人……
ま~~あ、誰でも分かっている。誰でも一度くらいは、使う言葉だと思います。特に紹介などする時、使うような気がしますね!しかし、いつも使う言葉だから落とし穴があります。一字間違えるだけで、可笑しなことになる言葉・・・そんな気がします。
唔……这句话谁人都明白,想必也至少用过一次。特别是在介绍别人的情况下,感觉能用得上啊!然而,正因为常用才更埋藏陷阱。总觉得这词一字之差便能闹了笑话。
例えば、結婚式の挨拶をする時・・・彼とは幼馴染で、かけがいのない人です。な~~んて言ったら、周りの人が気付いて・・・何を、あの友達は言っているの恥ずかしい。ま~あ、気付く人気付かない人いるでしょうが~~恥かきものです。かけがえのない人と言うのなら、良いのだが~~えの部分を間違えて、いと言ってしまったら、全然意味が違います。日本語の面白くて、怖いところだと思います。
比如,在结婚致辞的时候……某人曰:我们算是青梅竹马,为他,我没有豁出去的必要。于是乎,周围人也诧异……那哥们说啥呢真是羞死人了。虽说也有人听不出来吧,但终归是件丢人的事儿。要说是“无可替代的人”,那还好~可把“え”错说成了“い”,意思就截然不同了。我觉得这就是日语既有意思又可怕的地方。
「かけがえ」とは主に、座敷の掛け軸の「掛け替え」を言い。それが「ない」と言うのだから・・・他のものと替えることのできないほどの、大切な掛け軸を意味する。それが人であるから~、相当大切な人になります。しかし、「かけがいのない」は、「賭(懸)ける程の甲斐のない」と解釈できる。「かけがいのない人」と言ったら賭けても仕方ない・・・期待もしていない人になります。
“かけがえ”主要是指日式房间里挂轴的“掛け替え(替换品)”,“かけがえのない”指的是这个“没了”……因此意为这挂轴重要到没有东西可以代替。要是换成了人,这人就是非常重要的存在了。但是,“かけがいのない”可以解释为“(为其)没有豁出去的必要”。既然是“かけがいのない人”,那拼了命也没用,也就成了没什么指望的人了。
かけがえのない人・・・このうえなく大切なひと。家族や恋人などの、代替えの利かないほどの大切な人のことを言う。まだ友達ばかりの中で、使い間違うのは良いのですが~大事な時、場面での間違いは、恥かきだけでは済まないかもしれません。かけがいのない人では無く、かけがえのない人ですからネ。。。
无可替代的人……没有比他更重要的人。指的是家人、恋人等重要到没有人能够替代的人。朋友之间用错了倒还没那么糟~但要是在重要的场合,这种错误可能就不光是丢人这么简单了。记住,不是“かけがいのない人”,而是“かけがえのない人”哟……