▼ 空を舞う姿は優にして美。だが地上に降りればよたよた不細工なアホウドリを、フランスの詩人ボードレールは自らに重ねた。詩魂は天にはばたくが、俗にまみれた人界では何と生きづらいことか――と
在空中曼舞的姿态优雅而美丽,然而一旦落到了地上却步态踉跄极不讲究,这就是傻鸟(信天翁 Phoebastria albatrus)。法国诗人波德莱尔(Charles Pierre Baudelaire)从它身上看到了自己的影子。不难想象,尽管诗魂展翅翱翔于蓝天,可在充满世俗的人世却是多么的举步维艰。
▼その名詩を、明治の文学者上田敏は〈波路遥けき徒然の慰草(なぐさめぐさ)と船人は、/八重の潮路の海鳥の沖の太夫を生擒(いけど)りぬ……〉と訳している。アホウドリの名は地上でたやすく捕まるためにつけられた。それを古名の「沖の太夫(オキノタユウ)」に改めようという意見を、東京の声欄で読んだ
明治时代的文学家上田敏将他的一首有名的诗句进行了翻译,<波涛汹涌的航程遥远而漫长,无聊的海员偶得慰籍的药方/在那不断流淌的海潮上,生擒一只海上花魁疗伤……>。傻鸟之名是因为在地面上很容易捕捉到而起的。我曾经在东京版的呼声栏目中看到过发表的意见,要求改用其古名“海上花魁”。
▼かつてはバカドリとも呼ばれたという。古くは海上に蚊柱ならぬ「鳥柱」が立つほど数がいた。だが明治半ば以降、羽毛を取るために乱獲され激減する。いったんは絶滅が報告された。思えばアホウもバカも、人間の愚行にこそあてはまる
据说,曾经也被叫做笨鸟。在古代它的数量非常之多,形容它虽用不上蚊柱一词(形容蚊虫的多),但说它就像是耸立在海上的“鸟柱”却丝毫不为过。可是到了明治时代中叶,为取其羽毛的乱捕乱杀现象急剧上升,曾几何时甚至被告知已经灭绝。看起来,所谓的蠢也好笨也罢,真正适用的倒是人类的愚蠢行为。
▼人間の怖さを、絶海の孤島に生きるこの鳥は知らなかったらしい。翼を広げれば2メートルを超える。風を得て何万キロを悠々と飛ぶ。「海の美女」とでもいった意味のオキノタユウの響きは、雄姿にふさわしく思われる
而生活在遥远海洋孤岛上的鸟儿却并不懂得人类的可怕。翼展超过2米,在得到合适的气流时能够悠悠然飞翔数万公里。具有“海洋美女”意味的海上花魁之名望与其翱翔万里之雄姿十分贴切。
▼その一方で、由来や当否はともかくアホウドリの名はなじみ深い。同じにはなるまいが、前に小欄で植物のヘクソカズラ(屁糞蔓)やオオイヌノフグリを「酷な名」と書いたら、思いのほか反論を頂戴(ちょうだい)した。だれも一家言をお持ちのようだった
从另一方面来看,不论其由来以及妥当与否,对于其傻鸟之名(人们)还是很有感情的。虽然与此并不相同,日前在敝栏目谈到植物屁粪蔓(鸡屎藤 Paederia scandens)以及大犬阴囊(阿拉伯婆婆纳Veronica persica)时,称之为“过分之名”。没成想一经发表却遭到了大量的反对意见。看来谁都想坚持自己的一家之言。
▼この鳥を研究する東邦大の長谷川博教授も改名を呼びかける。講演会などで由来を知ると、子供たちは悲しい顔になるそうだ。酷な名は悲史をとどめる名でもあろう。論議の輪が広がればいい。
研究鸟类的东邦大学教授长谷川博先生呼吁更改名称。听说在演讲会上当孩子们得知其由来的时候,脸上流露出了悲伤的神情。希望这过分的名称也只是个停留在悲惨历史上的名称。只要能够不断扩大讨论的范围就一定能够起到作用。
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