第6章 意見と申し出
上司への進言というのは勇気がいるものですし、言い方にも気を使うものです。これは会社内での自分の意見の述べ方にも関係してくるのですが、できるだけ直截な言い方を避けて、相手に判断を任せる言い方をすることが大切です。特に上司の意見に反対するときの言い方には注意した方がいいでしょう。またここでは、関連して申し出の仕方、部下への忠告の仕方も取り上げておきました。
1、意見の述べ方
(1)上司への進言の仕方
<疑問提示型>
部長・:この商品は採算がとれそうもないし、今期限りで製造を中止したらどうかと思うんだが、どうだろうか。
課長・:ええ、でも、それはちょっと・・・。
李 :部長、私もそれはどうかと思います。売れ行きも少しずつ伸び始めているところですから、もう少し様子を見たらいかがでしょうか。
<対案提示型>
部長・:今回の企画の責任者には若手を起用しようと思うんだが、李君はどうだろう?
課長・:お言葉を返すようですが、李君にはまだ荷が重いかと思います。
部長・:じゃ、誰が適任だと言うんだい?
課長・:ここはベテランの女性社員のお願いしたらいかがでしょうか。
<慎重論型>
部長・:・・・ということで、○○社との取引に関しては、この際、中止したいと思っている。
李 :部長、失礼とは存じますが、敢えて直言させていただきます。
部長・:うん、どうぞ。
李 :部長のご意見もわかりますが、しかし、○○社は今後、わが社にとっても重要なパートナーになる可能性を秘めております。その将来性を考えた場合、私はこの問題については、もう少し慎重に検討した方がいいのではないかと思います。
<直言型>
李 :部長、○○社との取引に関して、もう一度考え直していただくわけにはいかないでしょうか。
部長・:君の意見は会議でも聞いたが、役員会の決定なので、僕一人の判断で変えるわけにはいかないんだよ。
李 :その点は十分承知しておりますが、しかし、拙速な判断は禁物かと存じます。
部長・:もはや、会社の決定となっている。今更、変更は無理だよ。
李 :お言葉を返すようですが、どうしても今回の会社の決定には納得がいきません。
部長・:そんな無茶なことを言うもんじゃないよ。まかりまちがったら、君ばかりか、僕の首が飛ぶよ。
(2) 会議での反対意見の述べ方
<営業会議で>
司会 :ただ今の部長のご意見について、どなたかご意見はございませんか。
課長 :私は部長のご意見に異存はございません。
司会 :他のご意見の方はございませんか。
課長 :部長のご意見に対しては私も基本的に賛成です。しかし、二、三検討した方がいいと思う点がございます。
<課内での話し合いで>
課長・:この企画案でいくかどうか、そろそろ結論を出さなければならないが、どうしようか。
李 ・:このままでは議論は平行線ですし、多数決を取りませんか。
同僚1:李さんの意見に反対というわけではありませんが、私はまだ議論が不十分だと思います。
同僚2:私も多数決はどうかと思います。課としてのコンセンサスが不十分なところで多数決をとっても、後がうまくいかなくなる恐れがあります。
課長・:それもそうだな。じあ、もう一日、この件で話し合おうじゃないか。この案に不十分なところがあれば、明日までに対案を考えてきてほしい。みんな、それでいいか。
全員 :結構です。
常套表現と解説
・ ええ、でも、それはちょっと
そうかもしれませんが、でも・・・
確かにそういう見方もありますが、しかし~
そう言えないこともないですが、しかし~
おっしゃることはわかりますが、しかし~
△△さんのご意見にも同感できる点は多いのです
が、しかし~
・ それはどうかと思います<疑問>
基本的には賛成ですが、しかし、二、三検討した方がいいと思う点がございます
<問題提起>
失礼とは存じますが、敢えて直言させていただきます<直言>
お言葉ですが、もう一度考え直していただけないでしょうか<再考>
お言葉を返すようですが、どうしても部長の意見には納得がいきません。<不服>
・ ~たらいかがでしょうか
~方がいいのではないでしょうか
賛成するときは、「賛成です」「異存はありません」と相づちを打てばいいのですが、問題は反対するときです。日本人は「それは間違っている」のような断定的な言い方をされると、相手は面子を傷つけられたと感じ、相手から反感をかう恐れがあります。日本は「和」重視社会で、表だった対立は避け、「根回しー事前調整」で事態を解決しようとする傾向が強くあります。つまり、まだ議論で物事を決定するという習慣が企業文化として十分に定着していないのです。また、仮に論争の勝ったとしても、相手が受け入れてくれるとは限りません。
ですから、日本人相手に自分の意見を述べたり何かを提案するとき、一番有効なのは「相手に悟らせる」ということです。どちらが正しいかを論争するのではなく、「どちらが得か、どちらが有効か」を説得した方がいいのです。特に反対意見を述べるときは、全面否定をしないで、・のような前置きをおいて、相手の意見を一旦は認めた上で、「しかし、~」から自分の意見を述べ始めます。その場合も、・のように「~たらいかがでしょうか」(提案)とか、「~方がいいのではないでしょうか」(婉曲な勧告)とか、「それもいいですが、~という案もどうでしょうか」(対案)のように、別の見方もあることを示唆する言い回しをしすることが多くなります。そして、このように判断を相手に任せる言い方の方が有効になります。また、そうすれば、相手を尊重したことになりますし、少し狡いかもしれませんが、最悪の結果になった時でも自分の責任は回避できます。これはビジネスマンの知恵と言ってもいいでしょう。
なお、・ははっきり自分の反対意見を上司に進言したり上申するときの前置きで、当然、発言に責任が生じるのですが、「うるさい部下ほど能力がある」という言葉があります。ただ、日本の会社の中で上司に進言したり、会社の決定に反論するのはかなり勇気がいることです。
2、申し出の仕方
(1) 同僚への申し出
李 :大変そうだねえ。手伝おうか。
同僚・:ありがとう。そうしてもらえると助かるわ。
李 :じゃ、僕が報告書をコピーしよう。君が綴じ込んでくれ。
同僚・:うん、わかった。
李 :やっと、終わったね。ちょっと休憩してコーヒーでも飲もうか。
同僚・:そうね。じゃ、私が入れてくる。
(2) 客への申し出
李 :お迎えに上がりました。
お客・:わざわざどうもすみません。
李 :お荷物をお持ちします。
お客・:すみません。
李 :あのう、長旅でお疲れではございませんか。
お客・:ええ、少し。
李 :でしたら、ホテルに直行いたしましようか。少しお休みになられた方がいい
かと 思います。
お客・:ええ、そうしていただけると助かります。
(3) 上司への申し出
李 :部長、今回の仕事ですが、ぜひ、私に担当させていただけませんか。
部長・:君に任せてもいいんだが、自信はあるのかい。
李 :ええ、部長の期待に背かないよう、全力を尽くします。
部長・:わかった。じゃ、君に任せよう。思う存分腕を振るってくれ。
李 :はい、かしこまりました。
常套表現と解説
・ (私が)~ましょうか
▼ ~(よ)うか
▲ お~しましょうか/お~いたしましょうか
・ (私が)~ます/(私が)~ましょう
▼ ~する(よ/わ)
・ (私に)~(さ)せてください
▼ ~(さ)せて‐もらえない?/もらえないか/くれ
▲ ~(さ)せて‐くださいませんか/いただけませんか
通常の日常生活では・のように「~ましょうか」「~(よ)うか」の形で相手の意向を打診します。・の「~ましょう」ははっきりと積極的に申し出る表現で、相手の依頼や要請を聞いて引き受けるときや、お客に対して当然なすべき仕事として申し出るときは「~ましょう」の方が適切です。
・は会社などの集団の中で何かの任務や仕事を自分が引き受けたいときにもよく使われる表現です。こうした申し出は責任を伴いますが、上司はあなたの積極的な態度を評価してくれるでしょう。
3、部下への忠告の仕方
(1) 思いやり型の忠告
課長・:このごろ遅刻が多いようだけど、どこかからだの具合でも悪いの?
李 :申し訳ありません。これから気をつけます。
課長・:こんなことで評価を落とすのはもったいないわよ。
李 :はい。
直接、「どうして遅刻したんですか」と攻めるよりもはるかに効果的な忠告になります。「こんなことで評価を落とすのはもったいないわよ」と、ほめながら叱るのが上司としてのテクニックです。
(2) 寛容型の忠告
李 :今回はどうも申し訳ありませんでした。
課長・:失敗は誰に出もある。失敗から教訓を学べばいいんだよ。
李 :今後二度とこのような失敗はいたしません。
課長・:わかれば、それでいいんだよ。
反省している部下に「追い打ちを掛けるな」が忠告するときの鉄則です。そんな部下には上司としての寛容さを示し、慰めるぐらいの余裕を持ちましょう。
(3) 掌握型の忠告
課長・:こんなことはあまり言いたくないんだけど、君、最近ミスが続いているね。君らしくないよ。何か悩み事でもあるのか。
李 :申し訳ありません。ちょっと、・・・。
課長・:噂では、どこかのクラブのママに熱を上げているとのことだが、悪いことは言わないから、今のうちにやめた方がいい。
李 :そんなことまでご存じだったんですか。
課長・:うん、これでも君の上司だからね。僕の期待を裏切らないでくれ。
私生活のことまで掌握している上司というのは、部下から見れば怖いもので、頭が上がりません。しかし、そのことにはさりげなく触れ、「君らしくないよ」とか「僕の期待を裏切らないでくれ」とか付け加える心配り、これが忠告の秘訣かもしれません。
(4) 警告型の忠告
課長・:自分の失敗を人のせいにしたり、言い訳がましいことを言うのはやめなさい。
李 :申し訳ありません。
課長・:同じようなことが二度三度と繰り返されるようでは、これ以上上司としてかばい切れません。きちんと始末書を書いてきなさい。
李 :はい。
「始末書」というのは社則で懲罰に相当するような過ちをしたときに書く反省書ですが、二度三度と繰り返されると、懲戒処分の対象となります。これは上司から部下への警告ですが、「これ以上上司としてかばい切れません」の一言は、上司として部下を思う気持ちが表れています。