阿Qは米搗場に駈(かけ)込んで独り突立っていると、指先の痛みはまだやまず、それにまた「忘八蛋(ワンパダン)」という言葉が妙に頭に残って薄気味悪く感じた。この言葉は未荘の田舎者はかつて使ったことがなく、専(もっぱ)らお役所のお歴々(れきれき)が用ゆるもので印象が殊の外深く、彼の「女」という思想など、急にどこへか吹っ飛んでしまった。しかし、ぶっ叩かれてしまえば事件が落著して何の障(さわ)りがないのだから、すぐに手を動かして米を搗き始め、しばらく搗いていると身内が熱くなって来たので、手をやすめて著物(きもの)をぬいだ。
阿Q奔入舂米场,一个人站着,还觉得指头痛,还记得“忘八蛋”,因为这话是未庄的乡下人从来不用,专是见过官府的阔人用的,所以格外怕,而印象也格外深。但这时,他那“女……”的思想却也没有了。而且打骂之后,似乎一件事也已经收束,倒反觉得一无挂碍似的,便动手去舂米。舂了一会,他热起来了,又歇了手脱衣服。
著物(きもの)を脱ぎおろした時、外の方が大変騒々しくなって来た。阿Qは自体賑やかなことが好きで、声を聞くとすぐに声のある方へ馳(か)け出して行った。だんだん側(そば)へ行ってみると、趙太爺の庭内でたそがれの中ではあるが、大勢|集(あつま)っている人の顔の見分けも出来た。まず目につくのは趙家のうちじゅうの者と二日も御飯を食べないでいる若奥さんの顔も見えた。他に隣の鄒七嫂(すうしちそう)や本当の本家の趙白眼(ちょうはくがん)、趙司晨(ちょうししん)などもいた。
若奥さんは下部屋(しもべや)からちょうど呉媽を引張り出して来たところで
「お前はよそから来た者だ……自分の部屋に引込んでいてはいけない……」
鄒七嫂も側(そば)から口を出し
「誰だってお前の潔白を知らない者はありません……決して気短なことをしてはいけません」といった。
呉媽はひた泣きに泣いて、何か言っていたが聞き取れなかった。
脱下衣服的时候,他听得外面很热闹,阿Q生平本来最爱看热闹,便即寻声走出去了。寻声渐渐的寻到赵太爷的内院里,虽然在昏黄中,却辨得出许多人,赵府一家连两日不吃饭的太太也在内,还有间壁的邹七嫂,真正本家的赵白眼,赵司晨。
少奶奶正拖着吴妈走出下房来,一面说:
“你到外面来,……不要躲在自己房里想……”
“谁不知道你正经,……短见是万万寻不得的。”邹七嫂也从旁说。
吴妈只是哭,夹些话,却不甚听得分明。
阿Qは想った。「ふん、面白い。このチビごけが、どんな悪戯(いたづら)をするかしらんて?」
彼は立聴きしようと思って趙司晨の側(そば)までゆくと、趙太爺は大きな竹の棒を手に持って彼を目蒐(めが)けて跳び出して来た。
阿Qは竹の棒を見ると、この騒動が自分が前に打たれた事と関係があるんだと感づいて、急に米搗場に逃げ帰ろうとしたが、竹の棒は意地悪く彼の行手を遮った。そこで自然の成行きに任せて裏門から逃げ出し、ちょっとの間(ま)に彼はもう土穀祠(おいなりさま)の宮の中にいた。阿Qは坐っていると肌が粟立(あわだ)って来た。彼は冷たく感じたのだ。春とはいえ夜になると残りの寒さが身に沁(し)み、裸でいられるものではない。彼は趙家に置いて来た上衣(うわぎ)がつくづく欲しくなったが、取りに行けば秀才の恐ろしい竹の棒がある。そうこうしているうちに村役人が入って来た。
阿Q想:“哼,有趣,这小孤孀不知道闹着什么玩意儿了?”他想打听,走近赵司晨的身边。这时他猛然间看见赵大爷向他奔来,而且手里捏着一支大竹杠。他看见这一支大竹杠,便猛然间悟到自己曾经被打,和这一场热闹似乎有点相关。他翻身便走,想逃回舂米场,不图这支竹杠阻了他的去路,于是他又翻身便走,自然而然的走出后门,不多工夫,已在土谷祠内了。
阿Q坐了一会,皮肤有些起粟,他觉得冷了,因为虽在春季,而夜间颇有余寒,尚不宜于赤膊。他也记得布衫留在赵家,但倘若去取,又深怕秀才的竹杠。然而地保进来了。
「阿Q、お前のお袋のようなものだぜ。趙家の者にお前がふざけたのは、つまり目上を犯したんだ。お蔭で乃公はゆうべ寝ることが出来なかった。お前のお袋のようなものだぜ」
こんな風に一通り教訓されたが、阿Qはもちろん黙っていた。挙句の果てに、夜だから役人の酒手を倍増しにして四百文出すのが当前(あたりまえ)だということになった。阿Qは今持合せがないから一つの帽子を質に入れて、五つの条件を契約した。
“阿Q,你的妈妈的!你连赵家的用人都调戏起来,简直是造反。害得我晚上没有觉睡,你的妈妈的!……”
如是云云的教训了一通,阿Q自然没有话。临末,因为在晚上,应该送地保加倍酒钱四百文,阿Q正没有现钱,便用一顶毡帽做抵押,并且订定了五条件:
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一、明日(みょうにち)紅蝋燭(べにろうそく)一対(目方一斤の物に限る)線香一封を趙家に持参して謝罪する事。
二、趙家では道士を喚んで首|縊(くく)りの幽霊を祓う事(首縊幽霊(くびくくりゆうれい)は最も獰猛なる悪鬼(あくき)で、阿Qが女を口説いたのもその祟りだと仮想する)。費用は阿Qの負担とす。
三、阿Qは今後決して趙家の閾(しきい)を越えぬ事。
四、呉媽に今後意外の変事があった時には、阿Qの責任とす。
五、阿Qは手間賃と袷を要求することを得ず。
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一 、明天用红烛——要一斤重的——一对,香一封,到赵府上去赔罪。
二、赵府上请道士祓除缢鬼,费用由阿Q负担。
三、阿Q从此不准踏进赵府的门槛。
四 、吴妈此后倘有不测,惟阿Q是问。
五、阿Q不准再去索取工钱和布衫。
阿Qはもちろん皆承諾したが、困ったことにはお金が無い。幸い春でもあるし、要らなくなった棉(わた)入れを二千文に質入れして契約を履行した。そうして裸になってお辞儀をしたあとは、確かに幾文(いくもん)か残ったが、彼はもう帽子を請け出そうとも思わず、あるだけのものは皆酒にして思い切りよく飲んでしまった。
一方趙家では、蝋燭も線香もつかわずに、大奥さんが仏参(ぶつさん)の日まで蔵(しま)っておいた。そうしてあの破れ上衣の大半は若奥さんが八月生んだ赤坊(あかんぼう)のおしめになって、その切屑は呉媽の鞋底(くつぞこ)に使われた。
阿Q自然都答应了,可惜没有钱。幸而已经春天,棉被可以无用,便质了二千大钱,履行条约。赤膊磕头之后,居然还剩几文,他也不再赎毡帽,统统喝了酒了。但赵家也并不烧香点烛,因为太太拜佛的时候可以用,留着了。那破布衫是大半做了少奶奶八月间生下来的孩子的衬尿布,那小半破烂的便都做了吴妈的鞋底。