1级読解の練習(17)
居間と言う呼び名を文字どおり解釈すれば、“そこに居るための部屋”であり、リビング、ルームは“生活する部屋”である。それじゃ、料理している時は台所に“居ない”のか、寝室で寝ている時は“生活していない”のか、と言えばもちろんそんなことはない。しかし逆に、居間とは何のための部屋か、と問い返されると、一言で答えるのは難しい。居間は“料理する”とか、“寝る”と言う風に分節化し得る生活行為のための場所ではないからだ。まあごく通俗的に言えば、“団欒のため”という答え方があるが、この“団欒”という言葉はホームドラマの一場面のような①白々しさが合って、どうもインチキ臭い。近頃ではテレビの中でさえ、所謂辛口ホームドラマばやりで、絵に描かれたような家族団欒などにはめったに目にかかれなくなった。団欒とは複数の人間が楽しそうにおしゃべりしていることを指すのだろうが、居間が②それだけを目的にしているとは思えない。ちょっと考えてみればすぐ解ることだが、居間では一人で新聞を読んでいることも、爪を切っていることもあるし、夫婦で酔っ払っていることだってあるのだ。
住宅の歴史を竪穴住居まで溯って考えると、初めにすべての生活行為が一部屋で行われた住居があって、そこから調理、睡眠などの、③それ自身としての分かれやすい行為のための部屋が次々と分離していき、その後に残った行為すべてを引き受けているのが居間なのだと言えよう。後に残ったのは、分節化され得ない行為の複合体だから、一言で名づけようがないのが当然だ。そういう行為を敢えて言い表しているのが“居る”とは“生活する”という言葉なのだろう。
( ④ )、住居の中で居間が占める位置が、それぞれの目的に沿った室を引き去った余白のようなものであるかと言えば、むしろ反対であろう。住居の設計者はたいてい、発生論的な順序とは逆に、居間を注視にして住宅を考え、その周囲に個々の目的を持った部屋を配置していく。これはあまりにも⑤常識的な手順になっているので、設計者自身も特に意識はしていないことが多いが、あの手順の中には⑥一つ確実な思想が潜在する。それは複数の人間が家族と言う共同体をなして一つの住居に暮らしている時、その家族の共同性の絆となっているのは、料理するや寝ることではなく、そんな風に分節化され得ぬ行為の複合体である、という考え方だ。
これが単なる常識ではなくて、一つの時代の刻印をもつ思想であることは、別の時代の住宅を思い浮かべてみれば明確になる。( ⑦ )日本戦前における中流以上の住宅では、洋風の応接間か、座敷と呼ばれる接客空間が平面設計の中で優先的な地位を占めていたが、これは社会的な体面を重視する思想の現れである。また西部劇の世界では、たいてい食卓が住居の中心を占めていたが、これは激しい労働の後での食事が最大の喜びでもあり、それを神の恵みとして神聖視するキリスト教の信仰の具体化であったと考えられる。もちろん今日でも、僕自身を含めた食いしん坊や飲み助にとって、食卓は大変重要な心理的位置づけを持っているのだが、飢えの記憶から遠ざかった生活の中での食事は、( ⑧ )神聖な光背を失っている。そして、人工照明の発達によって引き伸ばされた長い夜や、家事労働の軽減によって生まれた時間を過ごすための空間として居間の重要性が増してきた。その上、現在では戦前の家父長制的な“家”とは異なり、家族と言う共同体を外から限定する枠組みがなくなっていることを考えると、居間は共同性を支える中心としても重要な役割を担うようになってきたのである。
問1( ④ )、( ⑦ )、( ⑧ )に入る適当な言葉を下からそれぞれ選びなさい。
④ 1 かえって 2 しかし 3 だから 4 にもかかわらず
⑦ 1 つまり 2 それゆえ 3 ところが 4 たとえば
⑧ 1 もはや 2 やがて 3 やっと 4 いよいよ
問2 文中①「白々しさ」とあるが、この場合、「白々しい」の意味として最も適当なものはどれか。
1 明るく暖かい
2 寂しく冷たい
3 自然な
4 本当らしくない
問3 文中の②「それだけ」の「それ」は、何を指しているか。
1 団欒 2 ホームドラマ 3 生活 4 テレビ
問4 文中の③「それ自身としての分かれやすい行為」とは、どんなものか。
1 すべての生活行為
2 料理や睡眠
3 家族のおしゃべり
4 居間で行う行為
問5 ⑤「常識的な手順」とあるが、設計者が住宅の設計をする時の常識的な手順とはどんなものか。
1 個人の部屋から配置する 2 台所から配置する
3 居間から配置する 4 寝室から配置する
問6 ⑥「一つの確実な思想」とあるが、これはどんな思想か。
1 はっきりした目的を持たない様々な行為が家族の共同性の絆となっていること
2 個人の空間を確保しなければ、家族としての生活が維持できないこと
3 料理や睡眠などの基本的な行為を家族が共有するのは当然だと言うこと
4 家族のための住宅として、竪穴住居の時代の住宅が最も機能的だったということ
問7 筆者が、現在における居間の重要性の原因として挙げていないことはどれか。
1 日本人が社会的体面を重視すること
2 人工照明の発達で夜が長くなったこと
3 余暇時間が増えたこと
4 以前ほど家族の枠組みがしっかりしておらず、家族の共同性を支えるの が必要なこと
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