「情侣们」
アップだったり、おかっぱだったり、ポニーテールだったり。その魅力的(みりょくてき)な若い女性のヘアスタイルは、さまざまに変わる。
痩せた若い男の方は山高帽(やまだかぼう)に長髪(ちょうはつ)、きっちりした服にネクタイと、いつも変わらない。優しい顔で気弱(きよわ)そうにも見えるけれど、行動を観察するとなかなか情熱家(じょうねつか)。職業(しょくぎょう)は不詳(ふしょう)だが、本質はまぎれるもない詩人(しじん)だ。このふたり、1942年誕生(たんじょう)した。
フランスの漫画家、レイモン。ペイネさんがシリーズで描いてきた「恋人たち」である。たとえば、ふたりがポートの上で抱き合っている。
女が言う。「私たちのように愛し合っている恋人たちなんていないわね」。
男が答える。「そうかな。水に映っている彼らを見てごらん」。
映っているのはもちろん、抱き合っているご本人たち。
ほのぼのとした恋、熱い恋、甘い恋。テーマは一貫(いっかん)して恋だ。漫画家(まんがか)柳瀬たかしさんとの対話(たいわ)で、ペイネさんはこう語っている。「恋人ばかり描いて疲れないかと聞かれるが、答えはノンだ」「私はいつも楽しんで絵を描いている。私から絵を取ったら何をしていいかわからない」。
「世界が緊張(きんちょう)して攻撃的(こうげきてき)だった時代に、私の同世代(どうせだい)の詩人は歌った。
世界中の人たちがみんな 手を握り合う気にさえなったら地球をめぐって輪踊りを 踊ることさえできように私が恋人たちを描くのも、その気持からだ」。
花や小鳥(ことり)や笑顔(えがお)が彼の筆から生まれる。愛と平和をたたえるそんな感性が、好感(こうかん)をもって迎えられたのだろう。日本でも、とくに年配(ねんぱい)の人に昔からのファンが多い。86年には軽井沢(かるいざわ)に世界で初めての「ペイネ美術館」が造られた。フランスで彼の美術館 (びじゅつかん)が開館(かいかん)するよりも2年早かった。
「恋人たち」のモデルは、実はペイネ夫妻(ふさい)だそうだ。夫人(ふじん)は2年前に亡くなり、ペイネさんも先日、90年の生を終えた。
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