最終種目のあん馬を終え、結果を待つ内村
ロンドン五輪の体操男子団体総合で、言葉にならない思いを抱えて、内村はぼうぜんと得点表示を見つめていた。
下り技が不成立と判定を受けたあん馬で、技が正しく認められて得点が上がり、4位だった結果は銀メダルへと変わった。ただ、傍らでは、連覇を果たした中国が歓喜の輪を作っていた。
今年の元日のことだ。時計の針が午前0時を指し、新年を迎える瞬間に、内村は携帯電話の待ち受け画面を銀メダルの写真に変えた。昨年の世界選手権の団体戦で、金メダルをつかみ損ねた敗者の証しを忘れぬために。
内村が出場した2008年北京五輪、10、11年の世界選手権でも、すべて中国に敗れてきた。11年世界選手権で史上初の個人総合3連覇を成し遂げても、「達成感はなかった」。自宅で一人、スライド式の白い携帯を持つ度に、雪辱へと思いは募った。
憧れたのは、アテネ五輪の団体金メダルだった。当時高校1年生。東京の下宿先の自室で、早朝のテレビ中継を見ていた内村は、鉄棒で優勝を決める着地を決めた冨田洋之の演技に、鳥肌が立ったことを覚えている。だから、「個人よりも団体金メダルが欲しい」と何度も口にしてきた。
「冨田さんたちを超えたい」。そう誓い、世界中の誰よりも、練習してきた自負がある。合宿では、一番先に練習場に姿を現した。手首を鍛えるために、壁に向かって倒立し、腕立て伏せを繰り返す姿があった。
ミスをしなかった中国が勝ち、失敗を重ねた日本は負けた。チームでただ一人6種目に出場して奮闘したエースは、「正直、(金でなければ)4位でも2位でも変わらなかったかな」。悔しい思いをのみこんで、そう言葉に表した。
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