10)の臭いがすれば、ダニはただちに吸血行動を始める。(中略)このように、動物がそれぞれの限られた知覚装置から、自己の生存に必要な世界像を作っているであろうということは、ヤコプ・フォン・エクスキュルによって最初に主張されたことである。
われわれヒトが持っている世界像は、はるかに複雑である。しかしそうした世界像ができあがるについては、ダニの場合と根本的には同じように、そこにさまざまな知覚入力があったはずである。それらの入力は、脳で処理され、しばしば保存される。学校で勉強したことも、知覚からの入力である。先生の話を聞けば、話は耳から入ってくる。これは聴覚系からの入力である。教科書を読めば、視覚から入力が入ってくる。こうして五感から入るものを通して、われわれは自分の住む世界がいかなるものであるか、その像を作り出し、把握しようとする。
このようにして把握された世界は、動物が把握するような自然の世界だけではない。ヒトはさらに社会を作り出す。言い方を変えれば、社会はそうした世界像を、できるだけ共通にまとめようとするものである。ある社会のなかでは、人々はしばしば特定の世界像に対する好みを共有している。だからその社会は、共通の価値観を持ち、人々はしばしば共通の行動を示す。同じ社会のなかでも、友人どうしはそうした世界像が一致している場合が多い。さもないとおたがいに居心地が悪かったり、喧嘩になったりする。特定の世界像を構成し、それを維持し、発展させること、それが社会と文化の役割である。社会はじつは( ② )である。
(養老孟司『考えるヒト』筑摩書房による)
(注1)知覚:視覚、聴覚など、感覚器官が対象を見分ける働き
(注2)当面:いま直面していること
(注3)五感:視覚、聴覚などの五種の感覚
(注4)入力:外部から信号やデータなどが与えられること (注5)構築:築き上げること
(注6)江ノ島電鉄線:鉄道の名前
(注7)ダニ:人や動物の皮膚に食いついて血を吸う小さい虫
(注8)吸血性の:血を吸う性質のある
(注9)炭酸ガス:CO2
(注10)酪酸:動物の乳脂肪の中にある液体
問( 1 ) 筆者によると、脳にはどのような役割があるか。
1.知覚そのものが持つ働きを使って、世界の中での自分の役割を考えること
2.五感を通して知覚入力し、いろいろなものを見たり、痛いと感じたりすること
3.実際の行動を通して入ってきた知覚により、自分の世界とは違う世界を知ること
4.入ってきた知覚を処理し、自分が住む世界を把握してそのイメージを形成すること
問( 2 ) ネコの世界像について述べた以下の文の中で、正しいものはどれか。
1.ネコは世界像を持たず、生活する範囲はかなり広い。
2.ネコも世界像を把握しているが、その外側でも生活できるようだ。
3.ネコにも世界像が存在し、ほぼその中だけで生活しているようだ。
4.ネコは世界像を持っていないが、行動範囲はある程度決まっている。
問( 3 )
「 葉上にいる吸血性のダニ 」が世界像を構築する上で最も必要なものは何か。
1.炭酸ガスと震動と37度の温度と酪酸の臭い
2.37度の温度と酪酸の臭いとダニの運動と震動
3.酪酸の臭いと炭酸ガスと動物の呼吸と吸血行動
4.炭酸ガスと37度の温度と動物の呼吸とダニの運動
問( 4 ) ヒトとダニの世界像について正しいものはどれか。
1.ヒトの世界像の方が複雑だが、他から知識を学んで世界像を作る点は同じだ。
2.ヒトの世界像の方が複雑であり、ダニは知覚入力を必要としない点で異なる。
3.ヒトの世界像の方が複雑であり、ダニは知覚入力を脳に保存できない点で異なる。
4.ヒトの世界像の方が複雑だが、いろいろな知覚を通して世界像を作る点は同じだ。
問( 5 ) ヒトの社会と世界像について述べた以下の文の中で、この文章の内容と合っている ものはどれか。
1.ある社会のメンバーは、それぞれが個別の世界像を持つが、互いの価値観を一致させようとしている。
2.ある社会のメンバーは、ある世界像に対して同じような価値観のもとで同じような行動をすることが多い。
3.ある社会のメンバーは、世界像が一致していることにより、互いに居心地の悪さを感じたり、喧嘩をしたりする。
4.ある社会のメンバーは、特定の世界像に対して異なった考え方を持つが、その対立の中で世界像を発展させている。
問( 6 ) ( ② )に入る最も適当な言葉はどれか。
1.各メンバー固有の世界像
2.脳によって作り出された世界
3.文化を維持し、発展させたもの
4.知覚入力によって把握される世界の状況
問題 Ⅱ 次の (1) から (4) の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして最も適当なものを 1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 から一つ選びなさい。
(1) 日本には、
①「湯水のごとく使う」という言い方がある。「金などを湯や水を使うように、考えなしに、どんどん使ってしまう」という意味である。
日本では、昔から水が豊かだと考えられてきた。雨も多いし川も多い。特に東京や大阪など大きな川のそばにある都市では、あまり水に不自由しなかった。
また、日本人は風呂が好きである。たっぷり入れた湯につかり
(
注
1)、その湯をどんどん使って体を洗う。実に気持ちのいいものだ
。 しかし、最近は、「湯水のごとく」という言い方は、
②ちょっと待ってくれという感じになってきた。世界の至る所で水が不足しているのである。日本のような国は例外で、大きな川の流域では、川の水をめぐって国同士が争っているほどである。雨が降らず、作物が全くとれない国も多い。
さらに、温泉を別にすれば、湯をわかすには燃料が必要だ。石油にしてもガスにしても、決して無限ではない。また、それらを燃やした時に出る