長年、中国の中高校日本語教師研修会に関わるなかで、よく研修生の方から「日本語の女性の言葉を教えてください」と言われ、困ってしまうことがあります。今回は、日本語の「女性の言葉」について、この場を借りて少し説明したいと思います。参考にしてもらえればうれしいです。
世界のどんな言語にも多かれ少なかれ「性差」があると思われます。つまり、女性がよく使う表現や男性らしい表現というものが存在するということです。日本語は、性差のある表現が非常に多い言語であるといわれてきました。とくに、次の2点において顕著に「女性らしさ」があらわれるとされてきました。
一つは男性より「ていねい語」の使用頻度が多い、ということです。名詞に「お」「ご」を付けること、「だ体」をあまり使わず「です体」を多く使うことなどがそれにあたります。
もう一つは、終助詞です。女性は男性に比べ、終助詞を多用します。とくに「~わ」「~わよ」「~わね」といった終助詞は女性専用のものといってもいいと思います。また、文末が「~だよ」「~だね」と終わる場合に、文末の「だ」を省略し「~よ」「~ね」と表現することも一般的に行われてきました。「わ」「よ」「ね」という終助詞は、文の断定口調を「弱め」、文を「優しい」感じにするので女性にむいている、と感じられてきたのです。「断定の助動詞」である「だ」を省略するのも、同じ理由からでした。
30年ほど前までは、日本語を学習する時もこのような性差のある表現を勉強することが必要である、とされていたようです。女性は女性らしい言葉づかいを勉強しなければならない、というので、わざわざ「女性の言葉」を取り上げている教材もあったそうです。しかし、現在、わざわざ女性の言葉づかいを取り上げている教科書はほとんどありません。これはなぜでしょうか。
実は、日本語の「性差のある表現」は、近年、急速に消滅しているのです。
私は今、日本の大学の教員をしています。私が所属する外国語学部では、学生の70%ほどが女性なのですが、今、私の前で「~ですわ」とか「~そうよ」といった「女性らしい」言葉づかいをする女子学生は全くいません。また、名詞に「お」「ご」を付けた表現も全くといっていいほど影をひそめています。それどころか、女子学生に、このような言葉づかいをどう思うか、という質問をしてみたところ、「気持ちが悪い」という答がかえってくるほどなのです。
とくに、終助詞「わ」は全く人気がありません。昨年、私が指導している学生が卒業論文を書くために「現代大学生の女性の言葉」について調査したのですが、その調査結果によれば、女子大生同士および女性と男性の大学生の、のべ3時間ほどの会話の中で、「わ」は、なんと一度も使われていませんでした。この論文の調査結果によれば、「わ」に代わってよく使われている終助詞は「ねえ」「よね」ではないかと思われるのですが、「ねえ」も「よね」も「女性の言葉づかい」というわけではありません。
このように、かつての女性の言葉づかいは、現在の日本語からほとんど消えかかっているといってよいでしょう。この傾向は、そのまま進み、近いうちに日本語の性差はほとんどなくなってしまうのではないか、と私は予測しています。
本田弘之
杏林大学助教授