1级読解の練習(14)
人間らしさとは何か、人間らしく生きるにはどうすればよいかといった問題は、おそらく人類の歴史を通じて常に人々のころを悩ませてきたに違いない。しかし、この科学技術の発達した現代に至っても、その問いに対する答え方にはほとんど進歩が見られないように思われる。いやむしろ、最先端の科学技術の成果を目の前にして、我々の心はますます①混迷を深めていると言えるのかもしれない。
かつて「鉄腕アトム」が登場した頃、我々はあのような「人間らしい」ロボットというものに対して何ら疑問を抱くことはなかった。当時はまだ、機械が自分で考えて喋るなどということはほとんど夢に等しかったように思う。現実に存在しないものを創造し、色々な夢を託すことは楽しい。例え十万馬力でも足からジェットを吹き出しても、アトムは確かに人間らしく振る舞い、人間らしい心を我々に見せて感動を与えてくれたのである。現実の生活から離れた自由な想像の世界の中では、「人間らしさ」は生き生きとはばたくようにさえ見える。
( ② )、今やコンピューターの進歩のおかげで、自ら考えるロボットが現実のものとなりつつある。ロボットに限らず、様々な「考える機械」が出現して日常生活と関わりを持つ時代を迎えようとしている。そのような機械が、人間に幸福をもたらすものでなければならないことは当然であろう。人間らしい生き方を妨げるようなものであってはならない。そこで、改めて「人間らさし」とは何なのかという問い直しが必要とされるようになった。ただし、科学技術が相手である。答えは明確でなければならない。
我々は、しばしば現実の問題に直面した時に、「人間らしさ」がいかにつかみどころのないものであるかを知らされる。病気に悩む人、障害のある人、寝たきりの老人などを目の前にして、人間らしい生き方を論ずることは非常に難しい。遠くからは生き生きと見えていたはずなのに、近づいて手に取ろうとするとまるで逃げ水のように③去ってしまう。科学技術の進歩を目の前にした今、我々は人間の心に関わる基本的な問いに対して、明確な答えが見出せないことを改めて知らされたのである。
認知科学は、④このような「人間らしさ」の問いに「人間の知」という側面から答えようと試みる。言うまでもなく、人間らしさは「知」のみにあるわけではない。「知情意」と言われるように、感情や意志も無視するわけにはいかないのは当然である。しかし、⑤それらは「知」と密接に結びついているはずであり、「知」を知ることにより自ずから明らかになってくるものと期待される。⑥このような試みが成功するか否かは今後の発展を見なければ分からないが、少なくとも現代科学の新しい挑戦であるということはできよう。
(大島尚編「認知科学」新曜社より)
(註)
鉄腕アトム:1960年代に日本中で人気があった漫画
逃げ水:遠くに水があるように見えるが、近づくとさらにどんどん遠ざかるよ
うに見える現象
問1 ①「混迷を深めている」とあるが、何が混迷を深めているのか。
1 人間らしさとは何かという問いに対する答え
2 どう人間らしい機械を作るかの問いに対する答え
3 どう答えるロボットを作るかの問いに対する答え
4 どうやって人間に幸福をもたらすかの問いに対する答え
問2 ( ② )の中にはどんな言葉を入れたらよいか。
1 そのうえ 2 したがって 3 ところが 4 すなわち
問3 ③「去ってしまう」のは誰か、または何か。
1 病気に悩む人たち
2 人間らしさの答え
3 科学技術
4 現実の問題
問4 ④ 「このような「人間らしさ」」とあるが、それが指す内容として最も
適当なものはどれか。
1 幸福をもたらすような人間らしさ
2 生き生きとしている人間らしさ
3 感動を与えてくれる人間らしさ
4 実体が把握しにくい人間らしさ
問5 ⑤「それら」とあるが、それが指す内容として最も適当なものはどれか。
1 認知科学
2 感情や意志
3 人間の知
4 人間らしさ
問6 ⑥「このような試み」とは何か。
1 自分で答えるロボットを作る試み
2 幸福をもたらすロボットを作る試み
3 人間らしい生き方を論ずる試み
4 人間らしさを「知」の側面から考える試み
問7 筆者は人間らしさを知識で説明できると考えているか。
1 知の側面を考えることで説明できるかもしれないと考えている。
2 知の側面だけを考えても説明できないと考えている。
3 知の側面を考えても説明できないかもしれないと考えている。
4 知の側面を考えることで説明できると考えている。
問8 上の文章に題を付けると」すれば、次のどれが最も適当か。
1 消えてしまった人間らしさ
2 「考える機械」と「人間らしい機械」
3 現代科学の諸問題
4 認知科学がめざすもの