問:
高校の教科書『日語』の本文に次のような文が出てきます。
①「ここに住んでいる人の約25パーセントが1人暮らしをしているからです。団地の近くに住む高校の中村先生は旗の意味を知り、老人の旗を訪問するようになりました。」(第3冊第8課)
②「高校ボランティアの多くは被災地に行く前には自分で何ができるか、とても不安だったと言います。」(第2冊第14課)
上記①「住んでいる」と「住む」、②「言います」「言いました」「言っています」は、それぞれどう違いますか。
答:
この質問はアスペクト(体)とテンス(时)に関係があります。テンスは前回触れたので、ここではアスペクトを中心に説明したいと思います。アスペクト「している」には、次の用法が考えられます。
a.張さんは今手紙を書いています。(進行)
b.母は椅子に座っています。(結果の状態)
c.あの子は母親と顔がよく似ている。 (恒常的な状態)
d.松本さんは李新君のことをほめています。 (経験)
e.李さんは毎日、日本語学校に通っている。 (繰り返し)
①「住んでいる」は、上記bの用法に相当し、「住む」という動作の結果としての状態を表しています。「住む」は、ある場所を生活の根拠地にする意味で、長期間にわたる動作を表しています。本文のような連体修飾の場合、「住んでいる」を「住む」に、「住む」を「住んでいる」に置き換えることができます。ただし、書面語では「住む」、口頭語では「住んでいる」という形のほうが一般的です。また、次のような例、「今度、高校の近くに住む中村先生です。」の「住む」は、現在ではなく未来を表しています。
②「言います」はそれぞれ「言いました」「言っています」に置き換えることができます。しかし、それぞれの用法が違います。上記の「言います」は、高校生ボランティアが言ったことを伝聞として表しています。つまり、伝聞の「そうだ」に相当します。主語は普通三人称です。「言いました」は、高校生ボランティアが過去に直接言ったことを引用して、過去の発話として表現しています。「言っています」は、この文脈では上記のd「経験」を表しています。「言う」は継続動詞で動作の進行を表す場合もありますが、文脈によって用法も違ってきます。ここでは、被災地に行く前の高校生ボランティアの不安な気持を振り返って述べていることを表しています。
これと同じ用法がこの課の本文にもあります。
「ボランティア活動に参加した高校生の多くは、ボランティアに対する考え方が大きく変わったと言っています。」
これも「経験」を表し、「言っていました」にも置き換えることができます。「言っていました」だと、高校生たちの多くがボランティアに対する考え方が変わったことを第三者的な報告として述べるニュアンスが出ます。
本文を作成した者の意図としては、「住む」「住んでいる」や「言います」「言っています」を使用することで、文が単調にならないように、同じ表現になることを避けました。
加納陸人
文教大学教授/『日語』日本側主任編集委員