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2007年09月29日の「天声人語」

作者:未来215 文章来源:贯通论坛 点击数 更新时间:2007-10-12 7:57:20 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

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一昨日の朝刊を手に取り、お面の写真に引き込まれた。永い眠りを解かれたその顔は、笑っているのか泣いているのか。木肌から、大地が封じた太古の香気が立ち上るようだ。
  

   翻阅前天的晨报,被那张假面具的照片深深吸引。从千年沉睡中解脱出来的那张脸,是悲是喜呢?透过那木制肌理,似乎闻到了封存于大地中的太古香气。
 

奈良県桜井市の纏向(まきむく)遺跡で、国内最古の木製仮面が出土した。3世紀前半のもので、これまでの「最古」を400年ほどしのぐという。遺跡は邪馬台国の有力候補地、年代も卑弥呼の治世に重なるとくれば、夢想は広がる。
   
     在奈良县樱井市的缠向遗址,出土了迄今为止国内所发现的最古老的木制假面具。据说,约制造于3世纪前半叶,比以往所发现的“最古老文物”还要早400年左右。该遗址极有可能是古邪马台国所在地,如果年代也和古邪马台国的卑弥呼女王所统治的时期重合的话,那么遐想的空间将更加广阔。

 仮面は顔が隠れる大きさで、鍬(くわ)にする予定のカシの板に細工をしていた。わずかに赤い顔料が残り、豊作祈願などの儀式で手に持って踊ったらしい。古代人は、面で顔を覆って呪術師となり、森羅万象と交信したのだろうか。
 
  面具大小恰可覆脸,在原本打算做锄头的橡树木板上精雕细刻出在祈求丰收等仪式上手持面具舞动的众生相。(曾经鲜艳光彩的面具)如今只残存些许红色。也许古代人相信,带上假面扮成巫师,就能和世间万物进行交流的吧。
  

人間を意味するラテン語の「ペルソナ」は、もとは役者の仮面だという。着脱自在の顔から別の人格をもらい、人は正義のヒーローにも、野獣にもなる。素顔はしばし仮面の裏に退く。
   
据悉,拉丁语的“人”是“PRR SONA”,原意指演员的假面。代表“人格”的面具,脱卸自如任人演绎,人既能变成正义英雄,又能变成野兽。真颜则暂退到了假面之后。
  

本物をつけずとも、現代人は心の仮面を刻々と替えて一日を送る。男性なら夫に父親、上司に部下、夜はカラオケ大王だったり。〈髪切ってイコール君への思慕切って凱旋(がいせん)している私の仮面〉石井睦子(朝日歌壇)。心の仮面でこんな心機一転もできる。
   
  尽管没有真正假面可戴,现代人也每天戴着“心灵假面”度日。若是男性,则时时扮演着丈夫,父亲,上司,部下,夜里又可能是“K歌之王”之类的角色。《剪掉了长发等于剪断了对你的思念,貌似凯旋而归的是我的假面》石井睦子(朝日歌坛)。凭借心灵之假面也能让心情这样随之一转。
 
面倒なご時世、仮面は二つや三つでは間に合わない。取り換える手際は世渡りの技だが、交換に追われて「素(す)の私」はあいまいになる。翻って、最古の仮面の圧倒的な存在感はどうだろう。一つで国中を幸せにしただけのことはある。それを手にした人々も、素朴だが、揺るぎない素顔を持っていたに違いない。
   
   错综复杂的时代,仅有两,三个假面具远远不够。“变脸”技巧虽然是处世之道,但在不断追求变幻的同时,却渐渐失去了“真我”。反观这远古时期的面具其压倒一切的存在感又是怎样的呢?真不愧是一具能使全民感觉幸福的面具。曾拥有过它的人们纵然淳朴,但一定拥有过真实的“自我”。

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