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中日对照"日本文学":《罗生门》林少华译本

作者:行方 文章来源:本站原创 点击数 更新时间:2020-3-29 18:58:22 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

ある日の暮方の事である。一人の下人(げにん)が、罗生门(らしょうもん)の下で雨やみを待っていた。


広い门の下には、この男のほかに谁もいない。ただ、所々丹涂(にぬり)の剥(は)げた、大きな円柱(まるばしら)に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。罗生门が、朱雀大路(すざくおおじ)にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠(いちめがさ)や揉乌帽子(もみえぼし)が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには谁もいない。


何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻风(つじかぜ)とか火事とか饥馑とか云う灾(わざわい)がつづいて起った。そこで洛中(らくちゅう)のさびれ方は一通りではない。旧记によると、仏像や仏具を打砕いて、その丹(に)がついたり、金银の箔(はく)がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、薪(たきぎ)の料(しろ)に売っていたと云う事である。洛中がその始末であるから、罗生门の修理などは、元より谁も舍てて顾る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸(こり)が栖(す)む。盗人(ぬすびと)が栖む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この门へ持って来て、弃てて行くと云う习惯さえ出来た。そこで、日の目が见えなくなると、谁でも気味を悪るがって、この门の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。


その代りまた鸦(からす)がどこからか、たくさん集って来た。昼间见ると、その鸦が何羽となく轮を描いて、高い鸱尾(しび)のまわりを啼きながら、飞びまわっている。ことに门の上の空が、夕焼けであかくなる时には、それが胡麻(ごま)をまいたようにはっきり见えた。鸦は、勿论、门の上にある死人の肉を、啄(ついば)みに来るのである。――もっとも今日は、刻限(こくげん)が遅いせいか、一羽も见えない。ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に长い草のはえた石段の上に、鸦の粪(ふん)が、点々と白くこびりついているのが见える。下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした绀の袄(あお)の尻を据えて、右の頬に出来た、大きな面疱(にきび)を気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。


作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と书いた。しかし、下人は雨がやんでも、格别どうしようと云う当てはない。ふだんなら、勿论、主人の家へ帰る可き筈である。所がその主人からは、四五日前に暇を出された。前にも书いたように、当时京都の町は一通りならず衰微(すいび)していた。今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、适当である。その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影响した。申(さる)の刻(こく)下(さが)りからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。そこで、下人は、何をおいても差当り明日(あす)の暮しをどうにかしようとして――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、闻くともなく闻いていたのである。


雨は、罗生门をつつんで、远くから、ざあっと云う音をあつめて来る。夕暗は次第に空を低くして、见上げると、门の屋根が、斜につき出した甍(いらか)の先に、重たくうす暗い云を支えている。


どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を选んでいる遑(いとま)はない。选んでいれば、筑土(ついじ)の下か、道ばたの土の上で、饥死(うえじに)をするばかりである。そうして、この门の上へ持って来て、犬のように弃てられてしまうばかりである。选ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊(ていかい)した扬句(あげく)に、やっとこの局所へ逢着(ほうちゃく)した。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、结局「すれば」であった。下人は、手段を选ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その后に来る可き「盗人(ぬすびと)になるよりほかに仕方がない」と云う事を、积极的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。


下人は、大きな嚔(くさめ)をして、それから、大仪(たいぎ)そうに立上った。夕冷えのする京都は、もう火桶(ひおけ)が欲しいほどの寒さである。风は门の柱と柱との间を、夕暗と共に远虑なく、吹きぬける。丹涂(にぬり)の柱にとまっていた蟋蟀(きりぎりす)も、もうどこかへ行ってしまった。


下人は、颈(くび)をちぢめながら、山吹(やまぶき)の汗袗(かざみ)に重ねた、绀の袄(あお)の肩を高くして门のまわりを见まわした。雨风の患(うれえ)のない、人目にかかる惧(おそれ)のない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。すると、幸い门の上の楼へ上る、幅の広い、これも丹を涂った梯子(はしご)が眼についた。上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。下人はそこで、腰にさげた圣柄(ひじりづか)の太刀(たち)が鞘走(さやばし)らないように気をつけながら、藁草履(わらぞうり)をはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。


それから、何分かの后である。罗生门の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を杀しながら、上の容子(ようす)を窥っていた。楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。短い须の中に、赤く脓(うみ)を持った面疱(にきび)のある頬である。下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高を括(くく)っていた。それが、梯子を二三段上って见ると、上では谁か火をとぼして、しかもその火をそこここと动かしているらしい。これは、その浊った、黄いろい光が、隅々に蜘蛛(くも)の巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この罗生门の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。


下人は、守宫(やもり)のように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで这うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、平(たいら)にしながら、颈を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内を覗(のぞ)いて见た。


见ると、楼の内には、噂に闻いた通り、几つかの死骸(しがい)が、无造作に弃ててあるが、火の光の及ぶ范囲が、思ったより狭いので、数は几つともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるという事である。勿论、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人间だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏(こ)ねて造った人形のように、口を开(あ)いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一层暗くしながら、永久に唖(おし)の如く黙っていた。


下人(げにん)は、それらの死骸の腐烂(ふらん)した臭気に思わず、鼻を掩(おお)った。しかし、その手は、次の瞬间には、もう鼻を掩う事を忘れていた。ある强い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を夺ってしまったからだ。


下人の眼は、その时、はじめてその死骸の中に蹲(うずくま)っている人间を见た。桧皮色(ひわだいろ)の着物を着た、背の低い、痩(や)せた、白髪头(しらがあたま)の、猿のような老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松の木片(きぎれ)を持って、その死骸の一つの颜を覗きこむように眺めていた。髪の毛の长い所を见ると、多分女の死骸であろう。


下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに动かされて、暂时(ざんじ)は呼吸(いき)をするのさえ忘れていた。旧记の记者の语を借りれば、「头身(とうしん)の毛も太る」ように感じたのである。すると老婆は、松の木片を、床板の间に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の亲が猿の子の虱(しらみ)をとるように、その长い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。髪は手に従って抜けるらしい。


その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。そうして、それと同时に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ动いて来た。――いや、この老婆に対すると云っては、语弊(ごへい)があるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に强さを増して来たのである。この时、谁かがこの下人に、さっき门の下でこの男が考えていた、饥死(うえじに)をするか盗人(ぬすびと)になるかと云う问题を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未练もなく、饥死を选んだ事であろう。それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片(きぎれ)のように、势いよく燃え上り出していたのである。


下人には、勿论、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この罗生门の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に许すべからざる悪であった。勿论、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。


そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飞び上った。そうして圣柄(ひじりづか)の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が惊いたのは云うまでもない。


老婆は、一目下人を见ると、まるで弩(いしゆみ)にでも弾(はじ)かれたように、飞び上った。


「おのれ、どこへ行く。」


下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞(ふさ)いで、こう骂(ののし)った。老婆は、それでも下人をつきのけて行こうとする。下人はまた、それを行かすまいとして、押しもどす。二人は死骸の中で、しばらく、无言のまま、つかみ合った。しかし胜败は、はじめからわかっている。下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、无理にそこへ(ね)じ倒した。丁度、鶏(にわとり)の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。


「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞよ。」


下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘(さや)を払って、白い钢(はがね)の色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球(めだま)が(まぶた)の外へ出そうになるほど、见开いて、唖のように执拗(しゅうね)く黙っている。これを见ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意识した。そうしてこの意识は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの间にか冷ましてしまった。后(あと)に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した时の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆を见下しながら、少し声を柔らげてこう云った。


「己(おれ)は検非违使(けびいし)の庁の役人などではない。今し方この门の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄(なわ)をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今时分この门の上で、何をして居たのだか、それを己に话しさえすればいいのだ。」


すると、老婆は、见开いていた眼を、一层大きくして、じっとその下人の颜を见守った。(まぶた)の赤くなった、肉食鸟のような、锐い眼で见たのである。それから、皱で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように动かした。细い喉で、尖った喉仏(のどぼとけ)の动いているのが见える。その时、その喉から、鸦(からす)の啼くような声が、喘(あえ)ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。


「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘(かずら)にしようと思うたのじゃ。」


下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同时に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑(ぶべつ)と一しょに、心の中へはいって来た。すると、その気色(けしき)が、先方へも通じたのであろう。老婆は、片手に、まだ死骸の头から夺った长い抜け毛を持ったなり、蟇(ひき)のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。


「成程な、死人(しびと)の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人间ばかりだぞよ。现在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸(しすん)ばかりずつに切って干したのを、干鱼(ほしうお)だと云うて、太刀帯(たてわき)の阵へ売りに往(い)んだわ。疫病(えやみ)にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る干鱼は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料(さいりよう)に买っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饥死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饥死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に见てくれるであろ。」


老婆は、大体こんな意味の事を云った。


下人は、太刀を鞘(さや)におさめて、その太刀の柄(つか)を左の手でおさえながら、冷然として、この话を闻いていた。勿论、右の手では、赤く頬に脓を持った大きな面疱(にきび)を気にしながら、闻いているのである。しかし、これを闻いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき门の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの门の上へ上って、この老婆を捕えた时の勇気とは、全然、反対な方向に动こうとする勇気である。下人は、饥死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その时のこの男の心もちから云えば、饥死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意识の外に追い出されていた。


「きっと、そうか。」


老婆の话が完(おわ)ると、下人は嘲(あざけ)るような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面疱(にきび)から离して、老婆の襟上(えりがみ)をつかみながら、噛みつくようにこう云った。


「では、己(おれ)が引剥(ひはぎ)をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饥死をする体なのだ。」


下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、仅に五歩を数えるばかりである。下人は、剥ぎとった桧皮色(ひわだいろ)の着物をわきにかかえて、またたく间に急な梯子を夜の底へかけ下りた。


しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから间もなくの事である。老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、这って行った。そうして、そこから、短い白髪(しらが)を倒(さかさま)にして、门の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々(こくとうとう)たる夜があるばかりである。


下人の行方(ゆくえ)は、谁も知らない。





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