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明日(鲁迅作品日文版)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-12 8:02:27 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 寶兒は息の平穏から無に変じた。單四嫂子の声は泣声から叫びに変じた。この時近処の人が大勢集あつまって来た。門内には王九媽と藍皮阿五のるい、門外には咸亨の番頭さんやら、赤鼻の老拱やらであった。王九媽は單四嫂子のためにいろいろ指図をして、一串ひとさしの紙銭を焼き、また腰掛二つ、著物五枚を抵当かたにして銀二円借りて来て、世話人に出す御飯の支度をした。
 第一の問題は棺桶である。單四嫂子はまだほかに銀の耳輪と金著きんきせの銀かんざしを一本持っているので、それを咸亨の番頭さんに渡し、番頭さんが引受人になって、なかば現金、なかば掛で棺桶を一つ買い取ることにした。藍皮阿五は横合いから手を出して「そんなことは一切乃公おれに任せろ」と言ったが、王九媽は承知せず、「お前にはあした棺桶をかつがせてやる」とへこまされて、阿五はいやな顔をして「この糞婆め」といったまま口を尖らせて突立っていた。そこで番頭さんがこの役目を引受けて晩になって帰って来た。棺桶はすぐに仕事に掛らせたから夜明け前に出来上って来るとの返辞。
 番頭さんが帰って来た時には、世話人の飯は済んでいた。前にも言った通り七時前に晩餐を食うのが魯鎮の慣わしだからだ。みなは家へ帰って寝てしまったが、阿五はまだ咸亨酒店の櫃台スタンドに凭れて酒を飲み、老拱もまたほがらかに唱った。
 ちょうどその時單四嫂子は寝台のへりに腰を卸して泣いていた。寶兒は寝台の上に横たわっていた。地上には糸車が静かに立っている。ようやくのことで單四嫂子の涙交りの宣告が終りを告げると、※(「目+匡」、第3水準1-88-81)まぶたの辺が腫れ上がって非常に大きくなっていた。あたりの模様を見ると実に不思議のことである。あったことのすべてがあったこととは思えない。どう考えてみても夢としか思えない。凡てがみな夢だ。あした覚めれば自分は寝床の中にぐっすり睡っていて、寶兒もまた自分のそばにぐっすり睡っている。寶兒が覚めれば一声「」と言って、活きた竜、活きた虎のように跳ね起きて遊びにゆくに違いない。
 隣の老拱の歌声はバッタリんで咸亨酒店は灯火あかりを消した。單四嫂子は眼を見張っていたが、どうしてもこれがあり得ることとは信ぜられない。鳥が鳴いて東の方が白みそめ、窓の隙間から白かね色の曙の光が射し込んだ。
 白かね色の曙の光はまただんだん緋紅色ひこうしょくを現わした。太陽の光は続いて屋根の背を照し、單四嫂子は眼を見張ったままぽかんと坐っていると、門を叩く音がしたので、喫驚びっくりして急いで門を開けた。門外には見知らぬ男が、何か重そうなものを背中に背負って、後ろには王九媽が立っていた。
 おお、彼は棺桶を舁いで来たのだ。

 半日掛りでようやく棺桶をふたすることが出来た。單四嫂子は泣いたり眺めたり、何がどうあろうとも蓋することを承知しない。王九媽達は面倒臭くなり、終いにはむっとして、棺桶のそばから彼女を一思いに引剥がしたから、そのお蔭でようやくどたばたと蓋することが出来た。
 しかし單四嫂子は彼女の寶兒に対して実にもう出来るだけのことをし尽して、何の不足もなかった。
 きのうは一串の紙銭を焼き、また午前中には四十九巻の大悲呪を焼き、納棺の時にはごく新しい晴れを著せ、ふだん好きなおもちゃを添え――泥人形一つ、小さな木碗二つ、ガラス瓶二本――枕辺まくらべに置いた。あとで王九媽が指折り数えて一つ一つ引合せてみたが、何一つ手落ちがなかった。
 この日藍皮阿五は丸一日来なかった。咸亨の番頭さんは單四嫂子のために二人の人夫を雇ってやると、一人が二百と十文大銭で棺桶を舁いで共同墓地へ行って地上に置いた。王九媽はまた煮焚きの手伝いをした。おおよそ手を動かした者と口を動かした者には皆御飯を食べさせた。
 太陽が次第に山の端に落ちかからんとする色合いを示すと、飯を食った人達も覚えず家に帰りたい顔色を示した。そして結局皆家に帰った。
 單四嫂子はひどく眩暈めまいを感じ、一休みすると少しは好くなったが、続いてまた異様なことを感じた。彼女はふだん出遇わないことに出遇った。有り得べきことではないがしかも的確に現れた。想えば想うほど不思議になった。――この部屋がたちまち非常にしんとして来た。身を起して灯火あかりを点けると室内はいよいよ静まり返った。そこでふらふら歩き出し、門を閉めに行った。帰って来て寝台の端に腰掛けると、糸車は静かに地上に立っている。彼女は心を定めてあたりを見廻しているうち居ても立ってもいられなくなった。室内は非常に静まり返った、のみならずまた非常に大きくなった、品物が余りになさ過ぎた。
 非常に大きくなった部屋は四面から彼女を囲み、非常に無さ過ぎた品物は四面から彼女を圧迫し、遂には喘ぐことさえ出来なくなった。
 寶兒はたしかに死んだのだと思うと、彼女はこの部屋を見るのもいやになり、灯火ともしびを吹き消して横たわった。彼女は泣いているあの時のことを想い出した。自分は綿糸を紡いでいると、寶兒はそばに坐って茴香豆ういきょうまめを食べている。黒目勝ちの小さな眼をみはってしばらく想いめぐらしていたが、「ちゃんはワンタンを売ったから、わたしも大きくなったらワンタンを売るよ。売ったら売っただけみんなお前に上げるよ」といった。あの時はわたしも紡ぎ出した綿糸がまるで一寸々々皆意味があるように思われた。一寸々々皆生きていた。
 だが現在どうであろう。現在のことは実際彼女に取っては何の想出おもいでの種ともならない。――わたしは前にも言ったが、彼女は感じの鈍い女だ。感じの鈍い女に何の想出があろう。ただこの部屋は非常に静かだ。非常に大きい。非常にガランとしているとだけ、感じればそれでいいのだ。
 しかし感じの鈍い單四嫂子も魂は返されぬものくらいのことは知っているから、この世で寶兒に逢うことは出来ぬものと諦めて、太息といきを洩らして独言ひとりごとをいった。
「寶兒や、わたしの夢に現われておくれ、お前はやっぱりこの土地に残っていてね」
 そこで眼をつぶって早く眠って寶兒に会おうとすると、自分の苦しい呼吸がこの静かなガランドウの中を通過するそれがハッキリ聞こえた。
 單四嫂子は遂にうつらうつらと夢路にった。室内は全く森閑とした。
 この時、隣の赤鼻の小唄がちょうど終りを告げた頃で、二人はふらふらよろよろと咸亨酒店を出たが、老拱はもう一度喉を引搾って唱い出した。
「憎くなるほど、可愛いお前、一人でいるのは淋しかろ」
「アハハハハハ」
 藍皮阿五は手を伸ばして老拱の肩を叩き、二人は笑ったり押合ったり揉み苦茶になって立去った。
 單四嫂子はもう睡ってしまった。老拱等が出て行ったので咸亨酒店は店を閉めた。この時魯鎮は全く静寂の中に落ち、ただこの暗夜が明日あすに成り変ることを想わせるが、この静寂の中にもなおはしる波がある。別に幾つかの犬がある。これも暗闇にかくれてオーオーと啼く。

(一九二〇年六月)





底本:「魯迅全集」改造社
   1932(昭和7)年11月18日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「愈々→いよいよ 大凡→おおよそ 却って→かえって 位→くらい 呉れ→くれ 極く→ごく 此→この 而も→しかも 暫く→しばらく 其→その 慥かに→たしかに 只→ただ 忽ち→たちまち 丁度→ちょうど て戴く→ていただく て仕舞う→てしまう 何処→どこ 尚ほ→なお 中々→なかなか 殆んど→ほとんど 先づ→まず 亦・又→また 未だ→まだ 丸で→まるで 貰→もら 漸く→ようやく」
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(加藤祐介)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年3月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
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  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

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